第16話 似た者同士1
エクラは、ことの次第を脚色も交えて、伯爵に報告した。
むろん、ほとんどは嘘、である。
エクラは、ミイナの体に指一本ふれなかったし、ミイナもエクラの血を吸おうとはしなかった。
「それで?」
と、グラハム伯爵閣下は、血をわけた三男を見つめた。
「正式な婚約には、しばらく時間がかかるでしょう。」
エクラは、つらつらと嘘を述べる。嘘ならいくらでもつける。
「あそこの、執事頭ゼパスは、なかなかの切れ者です。こちらを警戒しています。婚約ともなれば、統率局への申請。当家とアルセンドリック家の『格』からすれば、王室の認可が必要となりますので、まず半年はかかります。
ですが、こちらとしては、既成の事実を積み上げてしまえば良い。
しばらくは、アルセンドリック家に通うことにします。彼女との接触時間を多くし、できれば、向こうに住み込めるように。」
「既成事実・・・といったな。」
グラハム伯爵の瞳の色は、エクラと同じ、アイスブルーだ。だが、エクラの青が、蒼穹の空の色なのに対し、こちらは永久氷河を思わせる冷たい冷たい青だった。
「孕ませることは出来そうか?」
「普通の女ならば。」
エクラは短く答えた。
「ただし、あれは体を交えても、なお、吸血鬼なのか人間なのか、定かでは有りません。いえ・・・・十年も吸血鬼を良人としてもったからには、吸血鬼なのでしょうが、わたしの血をまったく吸おうとはしませんでした。」
グラハムは、しばらく考え込んだ。
「・・・・よかろう。しばらくはそのまま、ミイナとの関係を続けよ。合わせて、アルセンドリック家の資産状況も内側から調査するのだ。」
エクラの返答も待たずに、グラハム伯爵は、羽虫でも追い払うようにエクラを退室させた。
エクラはそのまま、自室に向かって歩く。傷のいくつかが、痛みをうったえていた。はたして、ミイナがその気でも、ものの役にたったかどうか。
父であるグラハムは、加虐趣味はあるが、まったくの無能ではない。おそらく、エクラに血を流させることで、ミイナが吸血鬼化しているかどうかを見定めようとしたのだろう。
だが、ミイナの対応は、怪我をしたパーティ仲間を救助する冒険者のそれ、だった。
エクラの部屋は、屋敷のはずれにある。
別段、あのお姫さまのように、地下牢というわけではなく、それなりに快適な一室だった。
だが、家人のためのものではない。客用のそれだ。
隣の部屋のドアが少し開いて、安物のブレスレットをつけた腕が、エクラを招いた。
隣は、A級冒険者メイプルが滞在している部屋だ。
エクラがためらっていると、腕がひっこんで、メイプルが顔をだした。
「ミイナさまと、一緒にアルセンドリック家の屋敷に行くんじゃなかったのか?」
「断られたわ。」
メイプルの招きに応じて、部屋にはいると、いい香りの木香がたかれていた。メイプルは、両手にいくつもの安物のブレスをつけている。
身につけているものは、以上。
「阿呆な親類を叩き出すくらい、自分たちで充分だと。実際に、アイシャは、20人からの冒険者と傭兵を連れていた。正直・・・・」
メイプルは、舌で唇を湿した。顔色が悪い。
「あのまま、こっちに襲いかかられたら、ヤバかった。『氷漬けのサラマンドラ』のフルメンバーに、傭兵団『生贄の仔羊』の精鋭だ。
くそが! あのアウデリアまでいやがった。」
メイプルは、体を震わせた。そのまま、エクラの胸に抱きつこうとしたのだが、エクラはそっと、体を離した。
「おい。」
メイプルは、数年前、エクラの客として足繁く、娼館を訪れていたことがある。
関係をもつのは、当時も、伯爵家で再会してからも、初めてではなかった。
「これから、ミイナさまを口説かねばならないのですよ。無駄撃ちはしたくありませんね。」
「あいつは吸血鬼、だぞ?」
「吸血鬼専門のハンターであるメイプルをもってしても断言はできない、と。前に父に話していましたね。」
「吸血鬼に決まっている。」
メイプルは不満そうに唇を突き出した。
「いいか。十年間、吸血鬼を夫としていたのだぞ? しかも清い関係などではない。ルドルフは幾度となく、ミイナの血を吸っている。本人の口からもそうきいた。疑似吸血鬼などの不安な状態は、せいぜい、三月。それを超えれば、吸い殺すか、吸血鬼にするか、または諦めて立ち去るか・・・・だ。
そのいずれでもないミイナは、吸血鬼になったに決まっている。」
「しかし、ルドルフが滅んでもまったく影響をうけず、自らは血を求めず、日の光も苦にせず、なにより、年齢相応に歳をとっている。」
エクラは、チッチッチと舌打ちをした。
優雅に被っていた貴公子の仮面がはずれて、したたかな悪党の顔になっている。
「歳を経た吸血鬼ならば、そう『見せる』ことも可能だろう。だが、ミイナは『成って』10年の吸血鬼だ。10年モノの吸血鬼にそんな芸当ができるか?」
「絶対に無理だね。だが、可能性はもうひとつあるんだ。」
メイプルが、エクラを気に入っているのは、その容姿や床上手だけではない。果断な判断力と分析力。それは、長年、冒険者としてトップを走り続けてきたメイプルにも相談相手として充分にその資格があると、思わせるものだった。
「9つのときに、ミイナは家出をした。帰ってきたときには首に吸血痕があった。その吸血鬼は二度と訪問することはなく、ミイナは地下牢に隔離されたまま、八年間を過ごしたわけだが・・・・」
メイプルは、にい、とわらった。糸切り歯がいやに尖って見え、エクラは、メイプルのほうが、よほど吸血鬼に見える、と思った。
「もう、そのときに吸血鬼に成っていた・・・・という可能性だ。」
エクラは、椅子に腰をおろした。
しばらく考え・・・・ないな、と言った。
「吸血鬼が、人間のフリを出来るようになるには、最低でも百年の歳月が必要だ。10年が18年になったくらいで、かわりはない。
しかもミイナは、9歳から17歳までもきちんと成長していた。」
「そうだ。まるでどうやって成長したらいいか、知っていたかのように、だ。」
メイプルは、座ったエクラの顔に、自分の胸をすりつけた。どうもそっちは諦める気はないらしい。
「ここで、ひとつ。吸血鬼の吸血、というのは、ある種の呪いにほかならない。具体的には、対象を自分に従属させる力だ。
それは、互いの意識を一部共有することを意味する。
血を吸った吸血鬼は、吸われた相手の記憶や経験、持ち前のスキルなども自分のものとすることができるのだ。
そして、これはあくまで『共有』であり、一方通行のものではない。」
「つまりミイナは、9歳のときに血を吸われた吸血鬼の知識や経験を共有していた、と?
だから、ルドルフに血を吸われても支配下にはおかれずに、吸血衝動や陽の光に対する耐性ももち・・・・無理だろう。その吸血鬼が真祖でもない限りは。」
「そうだな。これは老師からきいた話しで、一般には知られていないのだが。」
メイプルの魔術の師匠であるアプセブは、噛まれた直後のミイナを何度か訪問している。
「ミイナを噛んだ吸血鬼は、リンド、というそうだ。リンド伯爵。」
「伯爵! 面白いことをいう。してそのリンド伯爵の領地はどこにあるのかな?」
「伝説によれば、かの『魔王宮』の第2層。そして、その名は上古の昔、中原と西域で活動していた真祖吸血鬼の名と同一だ。」
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