第4話 吸血鬼の花嫁


「なにが、どうなってるんですかっ!!」

セパスが叫んだ。

屋敷から一時間ほど、馬車を走らせたところにある、冒険者事務所「弱虫ミール」のテーブルに腰を落ち着けた三名。


ミイナ、アイシャ、そしてセパス。

セパスは、二箇所ばかり、骨をくじいていた。添え木をあてて、包帯を巻かれた姿は痛々しい。

「マハラとジュリエッタも、何人か手勢を連れていた。」

ミイナは、目の前におかれたサンドイッチの中身を、フォークの先で弄びながら言った。

「もし、こんなことがあれば、一切抵抗をしないように、こちらの手勢には、厳命しておいたので、わたしたちは着の身着のままで、屋敷を放り出されたわけ。」


「『氷漬けのサラマンドラ』には集合をかけました。いくつか任務をかけもっているので、アウデリアの合流は、少し先になります。」

アイシャは、空になったお粥の器をもちあげて、店員を呼んだ。

「おかわりだ! 大盛りで頼む。」


顔見知りの店員は、笑ってオーダーを取りに来た。

「うちのモーニングを気に入ってくれてるとは、知りませんでした。」

「気に入ってない! 粥くらいしか食べられるものがないから頼んでるんだ。それと、ミルクをたっぷりいれてコーヒー。一番、大きいカップで。」


セパスも食欲はさすがにないようだ。


「お二人が、マハラ様とジュリエッタ様に、追い出されたのはわかりました。」


「わからないでよ。相当に無茶な話よ。」

「いや、それでも結局、お家騒動でしょう?」

セパスはさめざめと泣き出した。

「なんで、召使いのわたしまで追い出されなければ、ならないですか。」


ミイナは、叔父上から嫌われた特製ワインを、下げてきている。

なにしろ、身の回りの荷物も取りにいけずに、そのまま、屋敷を追い出されたので、ワインをしまう暇もなかったのだ。

グラスだけ、借りて、中のどろりとした液体を、飲み干した。


「やめてください、奥方様!」

セパスが悲鳴をあげた。

いちいちうるさい。


これはもともと、ルドルフ専用につくったワインだ。いろいろと混ぜものはしてある。実は混ぜもののほうがメインであり、その凝固と劣化を防ぐために、さまざまな薬をまぜている。一応は完成をみたのだが、「薬品くさい」というルドルフの言をいれて、ワインで割ったものだ。

ルドルフは、気に入ってくれたし、ミイナも飲んでみて、悪い出来ではないと思ったのだか、使用人たちは、目の前のアイシャも含めて、誰も口にしようとはしなかった。


こんなとき、ミイナはつくづく、ガッカリするのだ。

望んだこととはいえ、自分が人間以外であることを実感するのは心底応えるのだ。


「ミイナ・アルセンドリック!!」


真っ先に駆けつけたのは、『氷漬けのサラマンドラ』ではなく、アプセブ老師だった。

相変わらず、頑固そうなモジャモジャした眉毛の鷲鼻。長いアゴヒゲの、おとぎ話にでてくる魔法使いそのもののだ。

ただ、初めてあってから、18年。

昔からそんな風で、そこから一向に老け込むことがないのは、やはり、異常でしかない。


黒い爪を生やした皺深い手が、ミイナの胸ぐらを掴んだ。


「なんで、死なないのだ、おまえはっ!!」


開口一番、ひどい挨拶だったが、ミイナは優しく、アプセブ老師の腕をねじり上げるだけにとどめた。


「わかったわかった、確かにおまえは実体がある。」

「そういうことではなく!」

「すまんすまん。いきなりレディの胸ぐらを掴むのは、確かに非礼であった。

しかし・・・」


アプセブは、悪人ではない。

それどころか、幽閉中のミイナに魔道の才を見出し、何度か貴重な魔導書を貸してくれた。

しかし、魔法への探究心は、半端ではなく、時として、自分の興味がなにもかもに優先してしまうのだ。

冒険者としてのランクは、Bだったが、それは上級クラスへの昇格を申請しないだけで、実質的に枠外の特別扱いを受けていた。


「改めて、聞こう。なんで、お主は塵となって、滅びんのだ?」


改めて、聞かれても失礼極まりなかった。


「言い換えても一緒です、老師。」

魔導書を貸してもらったので、一応、師として、ミイナはアプセブを立てている。

「なんでわたしが死なないといけないんですか?」


「馬鹿なことを!」

アプセブが喚いたので、アイシャの手が、剣を掴む。

また、お尻でも撫でようかと思ったミイナだが、ここが、冒険者事務所の中であることに、気が付き、別な方法をとった。

そっと、耳の下に口づけしてのである。


なにが、おこったか、分からぬまま、呆然としたアイシャは、そのまま、真っ青な顔でへたりこんだ。


「なにが、馬鹿なこと、じゃ!

ルドルフが滅んだのじゃぞ。」


「どこからの情報です?」


「やつを滅ぼしたのは、メイプルじゃ!」


ああ、なるほど。

と、ミイナは思った。メイプルは、アプセブの高弟のひとり、ミイナには姉弟子に当たる。

何処の凄腕が、Sクラスの冒険者を倒したのか、気にはなっていたし、アイシャたちにも調査を依頼していたが。

メイプルならば、ありうる。


「なるほど。でも、しかし、ですよ?

どこの世界に夫が亡くなったら、あとを追う妻が、どれだけいますか?」


アプセブは、眦を逆立てて、喚く。


「ルドルフは、親吸血鬼だぞ。親を滅ぼされたおまえが、なぜのうのうとしている!」


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