第19話 似た者同士3

事後の気怠い空気を愉しむ間もなく、メイプルは、水浴びに浴室に駆け込んだ。

お湯を溜めた桶につかる習慣は、ない。

当然、冬場などはかなり、大変なことになるのだが、まだまだ、冬は先のことだった。


エクラは、苦笑して、ベットから体を起こした。このメイプルのクセは昔からである。体を交えた後、真っ先に汗やその他を流したがるのだ。


エクラはほっと、ため息をついた。あいこち痛む体では難しい作業だったが、なんとかやり遂げた。


相手が慣れぬ相手、例えば、アルセンドリック侯爵ミイナ閣下だったら、こうは行かなかっだろう。


行水を終えたメイプルは、大きなタオルで、体を拭くと、そのまま肘掛け椅子に腰掛けた。


「さて、」

不思議なものなのだが、体をタオルで巻いただけのいまのほうが、メイプルは露出が、少ない。

いかに、普段、とんでもない格好なのかが、わかる。


「あらためて、聞いた方がよいな。

おまえは、これからどうする。」


エクラは、耳をすました。


外の音はまったく聞こえない。いくら、高位帰属の館でも、何人もの人がいてこの無音はありえない、つまり。


「そう、声が漏れる心配は無い。遮蔽の魔法をかけている。」

メイプルは言った。

これみよがしに足を組み替える。

外見は、小柄だが足はすらりと伸びていた。

「これから、どうする?

それついて、具体的な道筋が見えて来たような気がしてな。」


メイプルは。

一言でいえば、邪悪だ。

欲望には忠実で、陰謀を巡らすのが大好き、ひとを陥れたり、そうそう血を見るのも大好きだった。そして、自分の好きな人間もまた、同じようなことが好きだと思い込んでいるふしがあった。


そんな彼女と話を合わせるために、エクラは、娼館にいたころから、彼と彼の母親を無惨に捨てた父親への恨みつらみを、寝物語に話してきた。


結局のところ、それは金払いのいい客であるメイプルをすこしでも長く自分の傍にいさせるための、営業トークだったが、メイプルは、そんな話がとても気に入ったようだった。


“ここを出たら、わたしを尋ねよ。冒険者事務所「弱虫ミール」にいる。”

メイプルは、にやにや笑いながらそう言った。

“おまえの復讐を手助けしてやる。”


ただのピロートークのはずだった。


エクラは、たぶん、前借金を返しきれずにここで死ぬだろう。

金利だけでもそんな具合だし、部屋に食事、生活に必要な経費はとんでもない金額となって、のしかかってきた。


返済を終えて、ここから抜けたものは、いるのか?


人当たりもよく、周りから可愛がられていたエクラは、そんなことを遠回しに、従業員にたずねてみたことがある。


従業員は、親切に、邪悪な魔法「複利計算」を教えてくれた。エクラは息をのんだ。

まじめに働いても、「金利」分が返せるだけだ。


やがて、メイプルも足が遠のいた。

どうも彼女は、まだ幼さの残る坊やが好きなのだ。同様な趣味のものは、男性にも女性にもいた。

だが、それができるのは、ほんのわずかな期間に過ぎない。


エクラもそういう年頃ではなくなったということだ。


伯爵の手のものが接触してきたのは、そのころだった。エクラは15歳になっていた。


伯爵は、エクラの借金を払って、彼を娼館から連れ出した。

父親と生まれてはじめて会って、エクラは知った。

伯爵は別段、邪悪でも、人でなしでもなかった。ただ、いっとき情けをかけた女がどうなろうと関心がなかっただけのことだった。


彼を連れ出したのは、血を分けた息子になにか使い道があるかもしれない。そう考えただけのことで深い意味もなかった。

もちろん、跡継ぎとしてではない。


例えば、7,8年まえに、アルセンドリック侯爵が、座敷牢に監禁していた三女を、吸血鬼の生贄にしたという話をきいて、なるほど、と思ったのかもしれない。


あらためて、貴族の師弟として教育を受けてみると、彼がとうてい返しきれないと絶望していた借金もたいした額ではなかったことを知った。

メイプルと再会したのは、そのころだった。


・・・・・・・



「伯爵家をいずれ乗っ取ると、おまえは言った。」

うきうきと、メイプルは言う。


あまり長居はしていられない。エクラは腰をあげた。

打撲跡のいくつかは、痛みがやわらいでいた。メイプルが、腕を見せた。二の腕と肩のあたりが紫に変色していた。


「・・・・助かる。」

「まあ、このくらいは。」


照れたようにメイプルは言った。


「これからどうする、の答えを聞かせてくれるか?」

「昔、話した通り。ここで、再会したときに話したことは、そのまま実行しますよ。それにぼくは、ミイナが気に入ったんだ。あれは間違いなくぼくの同類。

彼女と結婚するためには、とびっきりのプレゼントを用意しないといけないと。

そう思ってます。」


「なるほど? 伯爵家の家宝でも持ち出すか?」


「何をゆるいこと。」

エクラは、上着を羽織った。

「プレゼントは、グラハム伯爵家そのものです。」





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