第28話 ひとまず完結! 夜風と男娼と吸血鬼

アルセンドリックの親族三名は、翌朝警邏吏に引き渡された。

彼らが連れていた傭兵や、街のチンピラたちは、骸となるか、逃げ去った。

伯爵家のサシャークとアンドルの方は少し問題だった。

破れかぶれで自ら剣を抜いて立ち向かって来たのをこれ幸いと、ミイナがぶん殴ったので、たぶん、骨折は数箇所、程度だろう。これは屋敷に運ぶことにした。


葬式は滞りなく、行われた。

生き残ったサシャークとアンドルの雇った傭兵で意識があるものは、無理やり参列させられた。

贄がたくさん確保出来たバランは、ご満悦で式を執り行った。


“出会いから別れまで、流血だらけの付き合いだった。”

吸血鬼だったルドルフに、遺体はない。

一掴みの灰は、地面に巻いた。

“けど、いいよね。あなたはそういう人生を望んでそれをつらぬいたのだから。”



■■■■■



グラハム伯爵は、もちろん愉快そうではない。

だが、少なくとも悲哀や絶望といった

感情は、その表情には伺えなかった。


サシャークは、無念そうに天を睨み、、アンドルは、ぽかんと口を開けたまま、正面を見据えていた。

まあ、生首にそれ以上を求めても無駄だろう。


「実際のところ、落とし所としては、充分だろう。」

グラハム伯爵の氷の視線には、どこか苦笑めいたものが混じっていなかつもたか。

「市街地で、20名以上を動員しての暴力行為は、騒乱罪にあたる。これは、貴族以上への特別恩赦はなし、だ。

それでも相手が市民ならもみ消すのだが、こともあろうに、アルセンドリック侯爵のご当主を狙うとは。」


グラハム伯爵は、使用人に、片付けろと命じた。さすがに、生首を、しかも血を分けた我が子の生首を晒しておくのは、忍びなかったのに違いない。


「我々はともに多くを失った。」

グラハム伯爵は、ミイナをじっと見つめた。

「侯爵閣下は。伴侶を喪われた。討ち取ったのは、グラハムが雇った冒険者だが、そもそもルドルフ閣下が、夜陰に紛れ我が屋敷に潜入しようとして戦闘になったもの。こちらにも言い分はある。

アルセンドリック侯爵閣下におかれては、格別の配慮をいただき、これを機に、長年に渡る確執を改善することを同意いただいた。だが」

グラハム伯爵は、悲しげに首を振った。

「我が愚息どもは、それに納得せず、傭兵を率いて、こともあろうに、ルドルフ閣下の葬儀の席上、侯爵閣下を襲った。帝国法に照らせば、はグラハム家は即刻取り潰しの要件だ。」


そう言って、ミイナに頭を下げた。


「これについては、侯爵閣下の寛大なるお心に感謝するしかない。」


「我が家の『元』親族が、ご子息さま方をそそのかしたのかもしれません。

すべては不幸な行き違いがなせる業です。」

ミイナも頭を下げた。

「我が家も、護りの要であるルドルフを失ったからこその、『王党派』との和解に繋がりました。」


「グラハム家は、最も有能な後継者を得ることになった。」


ミイナの隣に並んだエルクが、頭を下げた。


「アルセンドリック侯爵閣下におかれては、我がグラハム家の跡継ぎもよろしく頼む。」

「父上・・・・その件は・・・・。」

「閣下のご懐妊がウソだということだろう。あたりまえのことを報告するな。付き合ってひと月足らずでそんな馬鹿な話があるか。」

「婚約もウソです。」


さすがに、目をひん剥いたグラハム伯爵の前に、ミイナは進み出た。


「・・・それは、今後に期待ください。」

「・・・・・」

「ここで、エルクを、罰してしまえば、可能性すら失うことになります。」



アルセンドリック侯爵と次期グラハム伯爵は、そろって退出した。




グラハム伯爵邸を出たときには、日はとっぷりくれていた。

夜風が、ミイナの髪を揺らした。


「いつまで、手をつないでるつもりなのかな、エルクくん。」


頬を赤らめて、エルクは手を放した。


「手をつなぐくらいは、認めてくれたのかと思いました。」


ちょっとむくれているのを、見てミイナは笑った。


「それもこれからの可能性にしておいて。」


エルクは、ちょっと顔をしかめた。

「ぼくは、メイプルと繋がっています。ルドルフ閣下の死の責任の一部は、間違いなくぼくにあります。」


月を雲が隠した。


ミイナの顔が一瞬、影に沈み、再び、月が現れたとき。

「クソ悪党が!」


典雅なまでに整ったミイナの顔には違いない。だが、そこに浮かんだ表情は、下卑た、血に飢えた肉食獣を思わせるものに変わっていた。


「俺を殺して、ミイナとアルセンドリック侯爵家を奪うか?」

「ルドルフ閣下。」

息をのんだエルクは、一歩さがった。


「どうやら、俺は、ミイナに取り込まれたらしい。言っておくが、これは途方もなく異常な事態だ。俺はミイナの血を吸った。俺が親でミイナは子だ。

子が親を使役する? ありえん。」


「そ、それはどうも・・・・・」

エルクは何をどうかえしてよいのかわからず、それだけをやっとの思いで言った。


「それはともかく。」

死んだはずの大吸血鬼は、にやりと笑った。

「本気でミイナと結婚するつもりか? あれはまともな人間に扱える女ではないぞ。」


「だからこそ、誰かが見ていてやらねばないないでしょう。」

エルクも「まとも」な人間ではない。

「それが、ぼくでも構わないと思います。」


「もうひとつの難題は、子どもだ。アルセンドリック家とグラハム家、それぞれの跡継ぎが必要だぞ。」


エルクもニヤリと笑った。

「それについては、勝算があります。ぼくはなにしろ、オーガスタ街の名店『魔王の褥』のトップだったのでね。」


月が陰り、ミイナの表情を取り戻した女は、憮然とした顔でエルクを見つめた。


「結婚を申し込まれてる相手の自慢としては、聞きたくなかったな。」


夜風が激しい。先は長く、険しい道のりのようだった。


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アルセンドリック侯爵家ミイナの幸せな結婚 此寺 美津己 @kululu234

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