第6話 涙


ここでは、刃傷沙汰は起こせない!

それだけが、ミイナたちの支えだった。

大きくスリットのはいったロングスカートから、きれいに伸びた足を見せつけるように、右足を1歩前に出すようにして、ポーズをとるメイプル。

あどけなさの残る顔立ちは、それを塗りつぶすように、濃い隈取りをしたメイクをしていた。


「あのなあ、わしは別におぬしのファッションの師匠ではないのだが」

アプセブ老が、大げさにため息をついた。

「もう少しなんとかならなかったのか?」


ふん、とメイプルは、鼻を鳴らした。


下は真っ赤な、スリットのはいったロングスカート。それはいい。

だが、上半身は、もはやまったく布を使用していない。

素肌に、肩口から交差するように、貼られた紫のテープが、かろうじて胸を隠しているだけ。


「メイプル。あなたが、ルドルフを討ったことに間違いないの?」

ミイナは、少し身体を椅子から浮かせている。いつでも迎撃に、移れるように、だ。


似合わぬ真っ赤に塗られたくちびるが、笑みの形に、歪んだ。

それが、冒涜の言葉を吐き出す前に、彼女の後ろに控えた青年が、膝を折った。


彼は、そのまま、頭を垂れて、両手で香箱を差し出した。


「それに相違ございません。」


声は少年の硬さを残していたが、物腰は優雅で、身につけているものは、生地だけでひと財産ふっとぶ上物だ。


冒険者事務所内では、冒険者以外のもなは武装してはならないという法を守って、身になんの武器も(護符や魔力強化のアンクレットのたぐいすら!)身につけてはいなかった。


「ですが、冒険者は、それ自体が剣。誰かを傷つけ、時に屠ったとしても剣を憎むものはおりますまい。憎むならば、命じたものを。」

「あなたは?」

「グラハム伯爵家が三男エクラ。あなたにとっては仇の一族です。」


繰り返す。

冒険者事務所内での、争いごとはご法度だ。たとえ、問題を起こしたのが高貴な身分であり、直接刑に問えぬことがあったとしても、冒険者事務所から一斉に総スカンを食ったのなら、それは、もはや貴族としてこの国で立ち行かなくなることを意味していた。

傭兵も護衛も、それぞれ独自の組織をもってはいたが、冒険者はそのすべてを兼ね備えた存在であり・・・・。


逆に、冒険者がこのルールを破って、冒険者事務所から出入りを差し止められたなら、それはせいぜい、非合法組織の用心棒程度の仕事で糊口をしのぐのが、精一杯。冒険者としての栄光も、富も、すべてをなくすことになる。


つまり、ここで、わたしがあなたの夫の仇です、と名乗っても、ミイナの方からも何も出来ない。

だが、目の前の優男の胆力は、それを割り引いてもとんでもないものだと言えた。


「その箱は?」

「ルドルフ閣下のご遺骸・・・・・亡くなられたときに残された灰を収めております。奥方であるミイナさまのお手元に。」


「ルドルフは、グラハム伯爵のお命を狙ったの!」

メイプルが、笑った。

くそ楽しそうではある。

「だから、これは正当防衛。自業自得ね! 確かに、ルカロイ川の運行権を取られたのは、悔しいでしょうけど、暴力に訴えるのは・・・ねえ。」


「話し合いの余地は、あったかと存じます。」

エクラは跪いたままで、言った。顔つきは真摯であり、その黒瞳は、強い意志の力をもって、まっすぐにミイナを見つめていた。

「お互いにとって、不幸だったのは、吸血鬼ハンターとして名高いメイプル殿が、ちょうど、屋敷に居合わせたこと。

二人の間に以前からの確執があったこと・・・・です。信じていただきたいのですが、わたしたちは、意図して、ルドルフ閣下の命を狙ったのではありません。堂々たる戦いの後、ルドルフ閣下は命を落とされました。」


そして、少し、間をおいて続けた。


「立派な最後でありました。」



くそ・・・・・。

ミイナは、心の中で悪態をついた。自分を呪った。アルセンドリック侯爵家を呪った。

自分の血をすすって、妻としたルドルフを呪った。

父を、姉たちを、叔父を呪った。

世界のすべてを呪った。


声には出さずに。

あの日。

あの幼き日に、泣いていた彼女に声をかけた黒衣の麗人以外のすべてを呪った。


アイシャが、ミイナの肩を抱いた。


ミイナは、涙を流していた。おそらくそれは、9つのときに、地下牢に閉じ込められて以来。

十数年ぶりの涙だった。

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