「第十三話」空より煌めく

禍々しく、ただひたすらに悍ましさがそこにはあった。

静寂であったはずの夜は、悪魔の出現によって破壊された。いいや、正確に言えばそれは悪魔なんかではない……謀略と呪いに魅せられたニンベルグ家の当主によってその姿と魂を堕とされた、スルトだった。


「スルト!」


最早見る影もないそれを、ソラはかつての名で呼んだ。たとえ姿形が変わろうと、どれだけ悍ましく震えるような姿に変貌しようと……きっと、言葉は通じるはず。──ある意味この甘さこそが、彼女が活人剣などというものを振るう理由なのかも知れない。


ソラの叫びに応えたのは、スルトではなく悪魔だった。


「────!!」


咆哮。かろうじて人の形を保った異形が、その有り余る暴力を開放した。呪いで膨れ上がった剛腕を構え、ソラの方へと突っ込んでいく。


「っ!」


ソラは横に飛んだが、自分が生きている心地がしなかった。獲物を仕留め損ねた一撃が地面に突き刺さり、地面が大きく揺れる。着地するその瞬間には、次の回避へと思考が働いていた。──迫りくる、恐怖の権現。


回避、回避に次ぐ回避。一瞬を生きたところで次の一瞬を生きれるとは思えないような状況で、確実にソラの体力は奪われていく。──荒い息。視界が徐々にぼやけてくる彼女は、一瞬の油断によって体勢を崩した。


(あっ、死んだ)


迫る、剛腕。

大顎を開くそれに、最早スルトの面影はない。誇りも面倒くさい優しさも、彼自身の魂とともに砕け散ってしまったのだろうか? 一体誰がこんな、こんな酷いことを彼にしたのだろうか? 彼はただ、自分の家を守るために頑張っていただけなのに。


死にたくない、でもどうしようもない。

スルトだけではなく、自分の命さえも守れないような自分自身の弱さに、ソラはそっと瞼を閉じた。何もできないのであれば、せめて穏やかに……あちらで待っている、スルトとジークに会いに行こう。


「ざっけんなよこの、クソガキがぁッ!」

その瞬間、両者の間に……空より来たりし煌めく一筋が走った。

夜闇を照らす月の光を纏いし、反り曲がった一振りが。


突然の襲撃に、あと一歩で獲物を仕留められるはずだった悪魔は後方へ飛ぶ。直後、煌めきを纏った一撃が地面に突き刺さる……ソラはそれに、見覚えがあった。素朴に美しく、怪しく危うい煌めきを放つ異形の剣。──紛れもなくそれは『蛍』、アイアスが打った規格外の刀だった。


「ソラ!」

「──アイアス!」


ソラがそちらを向くと、そこには槍投げの直後のような体勢を取るアイアスが居た。そう、彼女が投げ放ったのは彼女が打った至極の一刀、『蛍』だった。


「言いたいことは山ほどあるが、死んでもらっちゃあ話はできねぇ! そいつを使え。……いいか、お前が扱ってきたどの剣よりも繊細な一振りだ! 阿呆みたいなしくじりはしてくれるなよ!?」

「うん! ありがと!」


そう言ってソラは、地面に突き刺さった刀の柄へと手を伸ばす。引き抜いた刀身の美しさ、安定した握り心地……それらを凌駕する、刀全体の軽さは彼女を最も驚かせた。──これなら、行ける。彼女は確信の後、構えた。


「いくよ、スルト。私は絶対に、あなたを見捨てない!」



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