「第七話」刀匠令嬢、お願いする
『ソロモン魔剣学園』は寮制の学校である。
ソラとアイアスは自分たちの寮に荷物を置くべく、長く厳かな廊下を歩いていた。
「魔法ってすげぇなぁ」
先程の騒動、その台風の目のうち一人であるアイアスは、先程からそれしか言わなかった。なんでもあれだけ傷ついていたソラと自分の身体が、魔法によっていとも容易く元通りになったことが、相当衝撃だったらしい。
「俺ぁ今でも信じられねぇよ、もしかしたら死ぬかもなぁなんて思わせられるような頭の傷が、あんな棒切れ振り回しながらババアが唱えるまじないで治るだなんてよ!」
「私はそんなことより、アイアスさんとの関係のほうが信じられないかなぁ……はは」
苦い笑いを浮かべているのは、先程ニンベルグ家の『剣聖』スルトとの大奮闘をしてみせた、イーラ家現当主のソラである。彼女も中々に危険な状態だったのだが、この『ソロモン魔剣学園』の教師であるセレスの魔法によって完全に回復したのだ。──まぁ、今の彼女にとっての悩みとは、そんなところではないのだが。
(解消しちゃったし、結んじゃったなぁ、同盟)
その選択で潤うか滅びるかが決まると言わしめるほどの選択が、同盟。ソラは長らく親しかったニンベルグ家と縁を切り、新たに悪名高い……しかも自分の家族であるイーラ家を皆殺しにしたダルクリース家と同盟を結んでしまったのである。
無論、ソラに後悔のような愚かな考えはない。彼女は自らの信念と正義に基づいた道を選び、その中でも最善の選択を選びぬいたのである。寧ろ今こうやって息をして、未だに『イーラ家当主』としての地位を保てているのは僥倖だった。
「ところでよぉ大将、俺たちはこれから波乱万丈、神仏衆生が目ン玉飛び出るような覇道を往くわけなんだ、そうだろ? だから一つお願いがあるんだよ」
「何を言っているのかわからないけどとにかく『危ない橋を一輪車で渡ろうぜ!』的なことを言っているっていうのは何となく分かるよ? 答えは簡単、ヤダ!」
「ああ!? これから俺と大将は名だたる剣豪を血だるまにして、天下を取るんじゃねぇのか!」
「取らないよ! なに血だるまって怖い! はぁ……悪く言うつもりはないけど、ダルクリース家っていうのはみんながみんな戦闘狂なのかな!?」
「んぁ? 俺ぐらいじゃねぇか?」
ソラは苦笑いを浮かべながら、その上でため息を付いた。結んでしまったものは仕方ない、ある程度はこちらも譲っていかなければ今度こそイーラ家に未来はない。曲がりなりにも『四公』であるダルクリース家には、是非とも復権の協力をしていただきたいのだから。
「はぁ、取り敢えずお願いっていうのは聞いてあげる。助けるつもりが、逆に私を助けてくれたんだし」
「ありがてぇ! ──大将、俺を呼び捨てにしてくれ!」
「……え、それだけ?」
「おう」
暫しの沈黙。訝しげな顔のアイアス、笑いをこらえるソラ……しかしもう駄目だった。野蛮な単語の羅列の次に、呼び捨てをしてくれなんていうなんてことのないお願い。
「あははっ! ははっ……ふふっ、アイアスは面白いなぁ」
「……へへっ」
「じゃあ、私からもお願いがあるの。アイアスも、私をソラって呼び捨てにして」
「うぇえ〜? 弟分の俺が大将を呼び捨てになんて……いいなそれ!」
「いいのかいっ!」
くすくすと微笑ましい笑みを浮かべていると、いつの間にか自分の寮室に辿り着いてしまった。ソラが少しだけ寂しさを覚えていると、不思議なことにアイアスも同じような顔で、同じ寮室の扉の前に立っていた。
二人は互いの顔を見合った。
「……もしかして、同じ部屋?」
「みてぇだな! たいしょ……ソラと一緒だなんて、こりゃあ楽しいガッコーセイカツになりそうだ!」
そういえば公爵令嬢なのにこんな豪快でいいのかなぁ、まぁいっか。そんな事を考えながら、ソラは寮室へと繋がる扉に鍵を差し込んだ。──がちゃん。気持ちのいい音と共に、扉が開いた。
「……おお」
部屋の中は、至ってシンプルなものだった。可愛らしい机にソファー、太陽の光をいっぱい浴びることができる大きな窓。他にも様々な家具が置いてあり、寮室というよりは小さな家の中のようだった。
「いいなぁここ、なんか落ち着く」
「うん、私もそう思う。ここなら三人で生活するぶんには、全然狭くなさそう!」
「そうだなぁ……ん? 待てソラ、三人って言ったか?」
「うん、そうだよ? この学校では寮室一つにつき三人で使うんだけど……聞いてなかった?」
アイアスは暫く硬直した。寝室に繋がるであろう扉の向こうをちらりと覗くと、そこには確かに三つのベッドがある。椅子も、他にも色々三つのものが多かった。
「……ははっ」
「あっ、誤魔化した」
「だー! いいだろそんな事知らなくても!」
悔しいのか、若干アイアスの眉間にしわが寄っていた。
「それよりその三人目はどんなやつなんだ? 男か? 女か?」
「ここは女子寮だから男の子は来ないと思うけど……そうだね、多分『魔法学』で入学した子が来るんじゃないかな?」
「魔法使いか? しわしわババァなのか!?」
「アイアス、魔女が全員おばあさんなわけじゃないし、あんまりそういう言葉遣いはやめたほうが……あっ、来たみたい」
ガチャリ。
開く扉の向こう側に居たのは、小脇に分厚い魔導書を抱えた、実に美しい少女だった。
肩の辺りまで切り揃えた綺麗な白髪、丸く可愛らしい眼鏡の奥には緑白色の瞳がこちらをチラチラと見ている。着ている制服の色は『武道学』の黒とは違い、『魔法学』の白のローブだった。
「へぇ、随分とまぁ小綺麗な娘が来たもんだ!」
椅子に腰掛けていたアイアスが立ち上がり、その少女の方へと走っていく。
「俺はアイアス・イア・ダルクリース! これからこの部屋で寝食を共にするんだ、仲良くしようぜ!」
「……きらい」
しかし、少女は問いかけに応じなかった。あろうことか、アイアスの横をすり抜け、ソラをすり抜け……そのまま寝室へと繋がる扉を開き、音を立てて閉めてしまったのだ。
「ちょ、お前……!」
「待ってアイアス!」
少女の態度に不快感を覚えたアイアスを、ソラが止める。
「多分初対面だからだよ! ほら、アイアスって結構……グイグイいくでしょ!? きっとびっくりしちゃったんだと思う、多分……」
「……まぁ、ソラがそう言うなら。でもよ! あいつちっこい声ではっきり言ったんだ、『嫌い』って!」
「とりあえず、一旦落ち着こうよ。……そうだ! 入学式までまだ時間あるし、折角だから学食でも見に行こうよ! ねっ!?」
「お、おう。飯か……まぁ、腹減ってたしいいか」
ソラになだめられ、少し間をおいてアイアスの怒りは収まった。気持ちを切り替えるべく深呼吸をし、その上で寮の外へと歩いていく。その後ろを、そっと胸を撫で下ろしたソラがついていく。
「……きらい」
……誰もいなくなった寮の中。寝室に繋がる扉の奥で、少女はただ呟いていた。
「暴力なんて、嫌い……!」
それはまるで、堪えきれずに漏れ出した呪いのようだった。
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