「第六章」イーラの惨劇
「第二十六話」ナイショと図星
それは『闘技場』にて死闘が繰り広げられている真っ只中であった。
人気の少なくなった校内を素早く移動しながら、ソラとスルトは学園の出口を目指していた。ある時は裏へ回り、ある時は物陰に隠れ、またある時は力づくで駆け抜けた。
(見えた)
低い姿勢で隠れながらのソラの小声を聞き、スルトはより一層気を引き締めた。ここまで騒ぎを起こさずにいられたのは、ひとえに自分たちの慎重さによるものではなく、今も尚戦っているアイアスが生徒の殆どを『闘技場』に集めてくれていたからである。──スルトは心の中で深く感謝し、またアイアスの勝利を強く願った。
(見張りとかは居ないみたい。今なら、正面から外に出られる)
(……出られたとして、俺はどうすればいいんだろうな)
意図的にではなく、スルトは自然と重みのある声を出していた。ソラはスルトのなんとも言えない苦悶の表情が辛く、見るに耐えなかった。どうすればいいかなんて、自分には見当もつかない。
だからソラは、一番どうすればいいかを知ってそうな人みたいに答えた。
(生きてればいいんだよ、多分ね)
曖昧にさえなっていない丸投げな答え。
しかし、スルトは優しく笑い返した。
(そうだな。畑でも、やってみるか)
(いいんじゃない? めっちゃ意外だけど)
くすくすと静かに笑った二人は、程よい緊張感を携えながら、外への唯一の出口である正門へと進んでいく。静かに息を潜めてはいるものの、いざという時は即座に走れる。そんな歩き方をしていた。
黙ったまま、難なく二人は門を潜り抜けた。学園の外に出ても尚周囲への警戒を怠らず、互いに死角を任せ合うように歩いていた。
「ここまでくれば、取り敢えず追手とかは来ないんじゃないかな」
ある程度歩いた先の森に入り、ソラが辺りを見渡しながらそう言った。木や草が生い茂るその空間は進みづらく、森の外からの視認性も悪く、隠れたりするにはうってつけと言える場所だった。
「……なぁ」
近くにあった岩に腰掛けたソラに、スルトが尋ねた。
「どうして、俺を助けてくれたんだ? いや、それ以前に……」
「ナイショ」
人差し指を口に添えて、ソラは小さくウィンクをした。スルトは一瞬その仕草にため息が出そうになったが、すぐに我に返った。彼の頭は疑問でいっぱいだった。
「少なくとも、スルトにとって悪い理由じゃないよ。そこは安心していいから」
「違う、そうじゃない。お前の動機が知りたいんだ、俺は。大したわけもなく殺しにかかってくるような人間を、危険を冒してまで助けるような……理由を」
「めんどくさっ……」
言ってから口元を抑えたソラが、ぶんぶんと手をふる。その焦りから、彼女は自分の失言とそれに伴う補足を付け加えた。
「えっとね? その、わざわざ聞くことなのかなーって思っちゃって」
「言えないような理由で俺を助けたのか……?」
「違うって! 色々事情があって話せないだけなの信じて!」
少し涙目のソラが顔をめちゃ近づけてくる。スルトは思わず彼女から仰け反り、そのまま後ろへと倒れそうになった。ソラもそれに気づいたのか、近づけた顔を引っ込めた。
「まぁ、大方『実はあなたが好きだったから助けたんです』みたいな返答を期待してたんでしょ? なーんてそんなわけないよね……」
「……ふん」
「図星……だと……!?」
動揺とドン引きを隠せないソラの態度にスルトは少し、いいやかなりの致命傷を食らっていた。なんとなく抱いていた淡い期待を言い当てられ、目の前で失望の表情を突きつけられればそりゃあまぁ、メンタル的には痛い。
「……ま、まぁ。そういうのじゃなくて、すごーく個人的な理由で助けたんだよね……うーんだからその、あの。……ごめんね?」
「いや、いい。俺が勝手に傷ついてるだけだから……」
籠もった声で目元を抑え込んでしまったスルト、やってしまったと顔を真っ青にしたソラ。
彼女はようやく、スルトという名の男の地雷(失恋)に触れてはならないということを知ったのである。──無論、あまりにも遅すぎた。
「……なぁ」
「ゴメンって! ほんとゴメンって! そりゃあ私は君のことこれっぽっちも男として見てないし顔だって好みじゃ──」
「助けてくれてありがとう」
その一言で、ソラの興奮は冷めていく。落ち着いて、それでいて心のある厳かな態度が浮き彫りになっていく。彼女はスルトの目を見ながら、静かに頷いた。
「もう一つ、聞きたいんだ。お前にとって傷を抉るような話かもしれないけど」
「いいよ」
ソラの優しい返事に甘えたことに、スルトは少し歯噛みした。しかし彼は決めたのだ、背けていたことからもう目を逸らさないと、そのためなら父にだって立ち向かってみせると。
意を決し、スルトは尋ねた。
「教えてくれ、ソラ。あの日、あの夜に、兄さんとお前たちイーラ家に何があったんだ?」
ソラは目を見開き、その後に空を見上げた。その顔には不満が分かりやすく出ていて、スルトは更に己を責めた。ソラはそんな苦悶を浮かべるスルトにため息を付いた。
「……パパとママの顔なんて思い出せないのに、アイツの顔だけは今でもしっかりと覚えてる。忘れないように、時間が経っても許さないようにって、自分でそうしたの」
ソラは、語り始めた。
あの日に起きた惨劇を、今も疼く深い傷の話を。
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