「第二十三話」決闘開始

『ソロモン魔剣学園』の広大な敷地内には、『闘技場』と呼ばれる建造物が存在する。

そこでは組手や武道の鍛錬、魔法の仕様を想定した実践的訓練など、主に戦いに関しての多くを司っている。構造はシンプルな円形コロシアムであり、魔物や懲罰を与えられた生徒などを収容する巨大牢獄でもあるのである。


そして今この瞬間、『闘技場』には多くの生徒が集まっていた。部を志した者だろうが、それ以外の学びを求めている者だろうが関係ない。彼らはこれから行われる『決闘』、そのスペクタルの立役者二人の戦いに胸を躍らせているのだ。


(吐き気がする)


そんな血に飢えた観客の内一人に、アリスは顔をしかめながらも加わっていた。暴力嫌いの彼女がこの場にいる理由は、何が何でも彼女がこの『決闘』の結末を見届けなければならないからである。そう、アリスは自らに責任を感じていたのである。


(元はと言えば、私のせいでこうなったんだ。私のせいで、アイアスさんは……いや、違うよね)


全ては、あの日から始まっていたのだろう。アリスは九死に一生を得たあの感覚を今でも覚えている。自分と自分を食い殺さんとする狂犬の滴る涎、腰が抜けたまま立てない自分の心臓の音。──雄叫びを上げながら、狂犬に殴り掛かりに行った勇猛果敢な英雄の横顔。


あの場で言うべきだったのは、きっと「ありがとう」だったのだろう。何度それを思い返し、それを言えたらと思いを巡らせただろうか? しかし過去には戻れない、アリスは返り血に染まった彼に怯え、泣き叫びながら罵倒し続けたのである。彼は立場もあって、それが『四公』としての立場を危うくするものだということも分かっていた。──分かっていた上で、助けてくれたのに。


「……」


止める権利も、力もない。

応援するなんてもってのほかである。これから行われるのは、どちらかが死ぬまで終わらない殺し合いなのだから。


自分以外の観客がざわめき、それは急速に雄叫びにも似た歓声へと早変わりする。二つある入場門には、アリスにとっての命の恩人が一人ずつ居た。アリスはただ、座ってそれを見ていることしかできなかった。


『決闘、開始』


合図と同時に、アイアスとセタンタは激突した。

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