「第二十四話」ゲイ・ボルグ

その激突はまず音を発した。互いの武器が目にも止まらぬ速度のまま向かい、爆発の如き衝撃と共に。いいやそれは一度や二度で終わるような生温いものではない。振るわれた槍と刀は何度も風を切り裂き、その向こうにある敵の肉体を捉えては、その殺意に満ちた刃を重ね、せめぎ合っていた。


それを見ている観客の熱は、徐々に冷めていく。そして段々と彼ら彼女らは理解するのだ、自分たちの目の前で起きているのは、次元の違う恐るべき戦いだということに。


異変に気づいて顔を青くする者、中には逃げ出す者も居る。

逆にその異常を良しとして、あくまでこの戦いを『見世物』として捉える猛者も少なからずいる。誰も彼もが、その腰に剣を差している剣士だった。──そんな強者だらけ、数少なった観客の内、ただ一人だけはその腰に剣を携えていなかった。


(純粋に目で追えないからなんとも言えませんけど、これだけははっきりと言える)


故に彼女は、アリスという魔法の天才は、その場にいる誰よりも目の前の戦いを理解し、寒気がするほど恐れたのである。──誰よりも正しく。誰よりも、分かり易く。


(アイアスさん、全然魔法を使ってない……!?)


その『闘技場』には、力強い雄叫びが響いていた。











セタンタ・クランオールの操る槍は凄まじかった。間合い、スピード、繰り出されるパワーは最早人間の粋を超えており、一挙手一投足に死を感じさせる絶技だということは誰の目から見ても明確であった。


「……」


そしてその絶技は、別の要因によって神業へと昇華される。振るわれた槍先は一つの文字を描いていたのだ。それは魔法に詳しい者が見ればすぐにどんなものなのかが分かるであろう術式。何てことはない、ただの刻印発動型のルーン魔術である。


しかし、だ。彼の恐ろしい点はそこではない、そこだけではないのだ。


彼の最も恐るべき点は目にも止まらない槍捌きでも、珍しいルーン魔術でもない。槍を振るうと同時にルーンを刻み、それを発動させて操り、またそれらをやってのけた上で槍を振るう。──そう、彼の真の恐ろしさとは即ち、槍術とルーン魔術の完璧な同時使役を可能とする、異常なまでの器用さと正確さなのである。


「《炎》!」


振るった槍は全て避けられ、獲物は間合いの外へと飛んでいく。しかしそれを追うのはセタンタではなく、空中に刻まれたルーンより出で来たる幾つもの火球だった。それらは複雑に入り乱れながら、真正面からアイアスへと向かっていく。


だが、アイアスは焦るどころか冷静だった。持っていた刀を担ぎ込むように構え、そして──。


「チェストオォォオオオッッ!!」」


気合と渾身の力が合わさったそれは、天より落ち来たる落雷の如き威力と轟音を響かせた。アイアスに向かっていった火球は、そんな出鱈目な力押しの斬撃によって二つに割れ、即座に霧散していった。


「はぁ!?」

「キェェェッツ!!!」


鈍った槍をアイアスは見逃さず、滑り込むようにして一気に間合いを詰める。飛びかかるように奇声を発しながらの一撃は、セタンタの槍に初めて「防御」という選択を強制したのである。受けに回ったセタンタへの力押しは、完全にアイアスが戦いの主導権を握るきっかけになっていた。


やや押され気味のセタンタが、食い縛ったその口を開けた。


「何だテメェ、今のは! 魔法っぽいけど魔法じゃねぇ……あんな雑な魔力量で、俺の《炎》を消せるわけがねぇってのに! やっぱその『蛍』とかいう剣の力か!?」

「剣じゃねぇ、刀だ! それからそいつぁ非道い思い違いだぞ坊主! いいかよく聴け、すくねぇ材料でどうするか頭を捻るから良いモノは生まれる! 工夫だ、工夫と気合と根性がありゃ、出来ないことなんざこの世には無ェんだよ!」


鍔迫り合いのその一瞬、アイアスは地面に力強く踏ん張った。そのまま彼女は刀を力一杯に振り切った。──セタンタは吹き飛ばされたかのような勢いで空へと舞い上がった。


「……っ!」


着地。乱れた呼吸を整えながら、セタンタはやりをアイアスへと向ける。対してアイアスは「ふう」と一息つくだけで、呼吸どころか態度ですら平然としていたのである。──余裕。それが当然だとでも言うような佇まいであった。


「つーかさ」


セタンタが顔をしかめると、アイアスは自分の刀と腰の鞘を指差した。


「俺の最高傑作は、俺の為のモンじゃねぇ。──こいつの名前は『空』。俺のための、俺にしか扱えないような可愛いロクデナシだ」


その刀も、刀が納められていたであろう鞘も黒く妖しく光っていた。

セタンタはその刀に対し、不思議な気配を感じている。それは懐かしく、随分と血の気の多いものだった。──そう、彼自身が握っている『魔槍』ゲイ・ボルグのような。


「一応言っとくが俺ぁ外道働きなんざしちゃいなぇぞ? お前がコイツに感じてるそれは全く別のもんだ、お門違いにも程があるぜ。──んな事ァ、どうでもいいけどな」


ため息混じりのアイアスの声色は、彼女の圧迫感と共に強まった。


「俺は時間が無ぇんだ、さっさとテメェをぶっ倒さねぇと間に合わなくなる」

「間に合う……? お前、何を言ってるんだ」

「んーまぁアレだな、若造にも伝わるように言うなら──」


その瞬間、アイアスは跳躍する。風を裂き、蹴り飛ばした地面に亀裂を入れるほどの勢いで。


「テメェに負けるわけにゃあいかねぇんだよ!」

「──」


全体重を乗せた斬撃に体勢を崩し、セタンタは脇腹に横殴りの蹴りを受ける。セタンタは再び宙を舞うが、今度は着地すること無く地面を転がっていった。


「──覚悟!」


先程の妙な構えのまま、アイアスは走る。起き上がりにふらついているセタンタは、鬼のような彼女を見た。槍を極めても、魔法を練り上げても、あの型破りな女に勝てる訳がない。──少しでもそう思ってしまったセタンタは、腹を括った。


(俺だって、負けられねぇ理由があるんだよ……!)


握った槍先を、向かってくるアイアスへ。

セタンタはそれを振りかぶった後、小さく呟いた。


「──穿け、ゲイ・ボルグ」


その手から、呪われた『魔槍』が放たれた。

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