「第七章」誘われし者達

「第三十一話」泥臭くて尊いモノ

「……そうか」


スルトの中で腑に落ちていなかった謎が、徐々に解けていく。それはすっきりとするものではなかったし、どうしても納得できないものではあったけど、ただただ、スルトは真実を受け入れた。


「兄さんは、最後まで兄さんだったんだな」


スルトは己の矮小さを改めて恥じた。ジークが死に、空いた『剣聖』の席に座れたことを内心喜んでいたのだ。でも、それでもスルトの心が晴れることは無かった。彼が欲しかったのは、彼が手に入れていた女性の愛だったのである。──無論、それは永遠に手に入らない。死が二人を分け隔てた今も尚、ソラは遠い目で何処かを見つめているのだから。


まるで懺悔をするように、スルトは口を開いた。


「兄さんが死んでから、父さんは変わった。給仕にも優しかったのに、少しのミスで解雇したりするようになって……俺にもいつも言ってくるんだ、お前よりもジークがって、代用品にもなれない役立たずって」

「それは、辛いね」

「いや、正論だよ」


まるで喉の奥に刺さった小骨を吐き出すかのように、スルトは言った。


「俺は、兄さんの絞り粕みたいなやつなんだよ。余り物をこねて作った、不格好な寄せ集め……」


スルトの表情は、いつにもまして暗かった。彼は自分の不甲斐なさ、精神の幼稚さ、それら全てのコンプレックスを、自分の兄と比べていた。自身の喪失なんて生温いものではなく、兄との差が、長年の彼の心を蝕んでいたのだ。──それはまるで、消えない呪いのように。


「じゃあ、私と同じだね」

「え?」


ソラはため息をつく家のように、笑った。


「私もレイザー兄さんが死んだ時、凄くすっきりしたの。ああ、よかったって。昔から暴力ばっかりだったし、それでも頭は良かったし……お父さんとお母さんは、兄さんばっかり褒めてたの」


スルトは何を言えば良いのか分からなかった。だから、黙ってソラの話を聞き続けた。


「でもね、君のお兄さんは……ジークは違ったの。私のことをたくさん褒めてくれて、たっくさん好きだって言ってくれて。だからね、私思ったの。こんなに素敵な人が旦那さんだったら嬉しいなぁって」

「……」

「でも、ジークは君のことも褒めてあなぁ」

「えっ」


あまりに突然だった。スルトは混乱したが、ソラは構わず喋り続けた。


「自慢の弟なんだーって、いっつも私に言ってきてさ。ジークは私より、君のことが好きなんじゃないかなって思っちゃうぐらい」

「そう、なのか……」


兄は厳しかった。でも、今思い返せばそれは正論に基づく厳しさだった。スルトは、あの厳しい言葉や態度が全て自分の成長を願ったがゆえのものだということを、今更ながらに理解した。


「私は、君の恋人にはなれないかもしれないけどさ」


ソラは、優しくも悲しげな目でスルトを見た。


「友達になら、なれるよ」


スルトはそれを、とても悲しく思った。でも、同時に心の底から嬉しく思った。最高の形で一緒にはいられないけども、最善の形で仲直りをすることはできた。


「だから、今だから言わせて。──あなたのお兄さんを死なせてしまって、ごめんなさい」

「……兄は、兄の人生を生きただけだ。お前が気に病む必要はない」


スルトはそう言い切って、立ち上がった。ソラには、彼の目に何か……強い決意が見えた。──ような気がした。


「俺は、父さんと話したい。逃げたくないんだ……でも、一人じゃ怖くて立ち向かえない」


──だから。スルトはそう言って、ソラに深く頭を下げた。プライドなんてない、彼が持っていたのはもっと泥臭くて、尊いものであった。


「だから、俺と一緒に戦ってほしい。兄さんが好きだったニンベルグ家を、取り戻したいんだ」


ソラはしばらく、スルトのつむじを見ていた。その誠意、邪なものがない純粋な願いが、彼女に恐怖を踏み倒させた。


「……そうだね」


頷いて、立ち上がる。


「行こう、君の……ううん、私達のニンベルグ家に」

「──そうだったな」


他人だった二人は、家族として笑いあった。そして歩き出す、逃げるのではなく、過去の因縁を断ち切るために。


(ジーク、見守っててね。私はもう、守られるだけのお姫様じゃないんだから)


彼女は、湧き上がる不安と予感を押さえつけた。

今度こそ、なんとしてでも死なせない。


私の剣は、いいや……彼が志した活人剣とは、そういうお人好しの剣なのだから。





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