「第三十二話」手っ取り早い助言
アイアスとセタンタは馬車に乗っていた。激闘から僅か数時間しか経っていないにも拘わらず、彼らが先を急ぐのにはある理由があった。
「いいかよく聞け、今はとにかく時間がないんだ」
「おう」
「ニンベルグの野郎が呪いを使っちまったら、アリスは確実に殺される。そうなる前に奇襲を仕掛けて、アイツを殺さなきゃならねぇ」
「おう」
「幸い、まだアイツには気づかれてねぇ。呪殺には色々と手間がかかるって聞いてるし、少なくとも人質みたいなことにはならねぇって俺は考えてる」
「おう」
「……」
セタンタの呼びかけに、アイアスは余り反応を示さない。彼女の目線は自分の内側……正確には握りしめた刀『空』を見つめていた。左手で刀を掴み、右手に握った布でその刀身を磨いている。結論から言おう、彼女はセタンタの話を全く聞いていない。
「……なぁ、聞いていいか?」
「おう」
「だぁぁぁぁぁさっきからお前『おう』しか言わねぇじゃねぇかよ頭イカれてんのか頭! 何ださっきからキュッキュッって! かれこれ一時間ぐらいは拭いてるよな!?」
「おう」
セタンタの怒りは、その揺らがない態度に萎えてしまった。彼は深い溜め息をつき、一旦その心を落ち着かせていた。いつもならば笑い飛ばせるようなことに対し、真面目に感情を出してしまっていたことに、焦っていたのだ。
「ってか、気になってたんだけどよ」
「ようやく拭くのをやめたな、俺はお前のそういう態度が……」
「お前、あのアリスとかいうガキに惚れてんのか?」
セタンタの感情が、水をかけられた炎のように小さく弱くなっていく。彼は暫しの間、回答を先送りにした。暫く馬車の底を見つめ、その後に外を見るように椅子にもたれかかった。
「……俺さ、アイツに嫌われてんだ」
「はっ」
身の上話をしようとしたところで、アイアスが鼻で笑った。間髪入れずに指をさし、セタンタに言い放つ。
「当ててやるよ、お前が嫌われた理由はただ一つ! ゴマ粒みてぇなガキの頃に何かしらの嫌がらせでもしたんだろ、ええ!? 『近寄りてぇが、どうすれば良いか分からなかった』んだろ!? ──ほぅら、図星だろ?」
セタンタに怒りはあった、まるで酒のツマミにでもするかのように自分の感情を推し量り、それを知った上で嘲笑ってくるアイアスに対する怒りが。しかし、同時にセタンタは思い出してもいた。自分が何をしてきたのかを。
「……色々やっちまって、どうにかして挽回したくて、そしたらアイツが犬に襲われてて……だから俺は迷わず犬を殺したんだ。──想像できるか? その犬っころがまさか、ニンベルグの差金だったなんてよ」
セタンタはくたびれた声で、更に深くもたれかかった。まるで液体のように、だらしなく。
「お陰でクランオールはニンベルグの言いなり、アリスを人質に取られて、おまけに本人には嫌われたまんま……いつでも呪殺できるぞって言いたげに、毎朝いけ好かない鴉はやってくるんだ」
「へぇへぇ、もういい。捨て身で女助けたところまでは良かったんだがな、そこから文句をブーブーと垂れやがる……ンまぁあれだな、色々言ってやるのも面倒くせぇから、手っ取り早い助言でもしといてやる、よっ!」
「だぁっ!?」
アイアスはくたびれたセタンタの胸ぐらを掴み、その上で頭突きをかました。セタンタは困惑した表情でアイアスを睨みつけるが、それを彼女は豪快に嘲笑った。
「相手がどう思ってるとか、自分が何かをしたからとか、そういうのを気にするのはまだまだ早いんだよ! そういうのがこれっぽっちも分からないお前等みたいな糞餓鬼は、ぶつかったり殴り合ったり、そういう泥臭い方法でしか分かり合えねぇんだ。──まぁ、何が言いたいかと言うとだなぁ」
アイアスは若干の笑みを噛み締めながら、頬杖をついて言った。
「まずは話し合え。──多分向こうも、同じこと思ってる」
そんなものなのだろうか、と。セタンタは考えた。考えた上で、よく分からなかった。
(でも、そうだな)
痛む額を抑えながら、セタンタはほくそ笑んだ。
「んじゃ、とっとと終わらせなきゃな」
馬車は、既にニンベルグの屋敷の近くにまで来ていた。
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