「第三章」ソラの剣
「第十一話」セタンタ・クランオール
旧校舎の辺りは既に暗くなっていて、空を覆う雲が無ければ星や月が見えていただろう。スルトはそんな夜の静寂の中で、自らの体を蝕む呪いに耐え忍んでいた。
「……ぐっぅ」
痛い。そんな生ぬるいものではない。身体が爆散してまた再生して、また弾け飛ぶのを繰り返す……そんな地獄の痛みに加え、耳元で囁かれるのは果たすべき責務の弾劾だった。勝て、殺せ、ニンベルグの誇りを取り戻せ……そうやって身体だけではなく心まで蝕まれたスルトは、最早正常な判断ができなくなっていたのだ。
故に、彼は人質という卑劣な手段を取った。倒すべきソラ・アーレント・イーラの善良で真っ直ぐな心を利用し、確信を持って彼女をおびき寄せるために。──彼は攫ったのだ、ソラと同室の人間であるアリスという名の少女を。
「──夜の散歩で、中々いい気分だったんだけどな」
「……クー・フーリン」
闇の中より、明確な殺意を従えてその男はやってきた。──セタンタ・クランオール。『四公』クランオール家の『剣聖』でありながら、炎の魔法使いとしてもその名を馳せる異質にして異才を持つ男。彼に普段の楽観的な笑みや軽快な様子は無く、ただただ存在感を示す怒りが渦を巻いている。
「まぁお前とアリスがデキてるなんてことも、お友達みたいな関係でもねぇだろうから言わせてもらうぜ。──どういうつもりだ、テメェ」
セタンタは背負っていた槍に手をかけ、それを慣れた手付きでぐるぐると回した後に構えた。その槍はセタンタの身の丈に合っていなかったものの、何故かしっくりと来る安定感があった。威厳のあるトネリコの柄の先には、金属のように怪しく輝く、鋸のような細い槍先があった。
スルトとセタンタの間にはかなりの距離があったが、スルトは危機感を感じていた。同盟を結んでいるクランオール家の恐ろしさ、その厄介さをいやというほど知っているからだ。──クランの猛犬。その名を受け継いだ彼にとって、距離や間合いは意味を為さないのである。
「……別にこの娘に危害を加えるつもりはない、おびき寄せるための餌になってもらうだけだ」
「なんでそいつなんだ、イーラのお人好しを呼ぶんだ……他のガキでもいいだろ」
「奴の顔見知りだからだ。……お前こそ、何故わざわざここに来た? 友愛の為ならば愛する者の心臓を抉り出すクランオールの忠誠心は何処にいった?」
「舐めんなよ、俺はお前みたいな阿呆に忠誠を誓ったつもりはねぇ。自分の息子に呪いをかけるような、頭のイカレたお前の父ちゃんにもな」
スルトの怒りは頂点に達していたが、それは冷静な彼の思考によって沈められた。事実スルトは父に呪われ、使い捨てされようとしているのだから。──彼は、怒りとともにその思考を放棄した。
「……約束しよう、俺からこの女には手を出さない」
「そうかよ、ならいい。だがもしも傷の一つでも付けてみろ、俺がそのクソくだらねぇプライドごと、お前の心臓をぶち抜いてやる」
そう言い残し、セタンタは再び闇へと消えていった。しかし張り詰めた空気、鳥肌が立つほどの覇気は……暫くその場から消えることはないだろうと、スルトは思っていた。
そんな中、空を覆う雲が退いた頃。その勇敢で無謀な少女はやってきた。
「……スルト!」
怒りを露わにしたソラが、夜でもはっきりと分かるほどの眼力でスルトを睨みつけていた。
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