「第三十七話」ソラの恨み言

「君とは、もう一度話したかった」


今にも椅子から滑り落ちそうなほど、ジグルドの身体に力は入っていなかった。実は死んでいるのではないか、魂と呼ばれるようなものが抜け落ちているのではないか? 父親としての彼を知っているスルトとソラは、ただその豹変ぶりに驚きを隠せなかった。


「座るといい」


ジグルドがそう言うと、ゴミまみれの部屋の中が変化する。ポルターガイストのように、家具やゴミなどが慌ただしく移動した後に、ジグルドと向かい合わせになるような位置に一つ、椅子があった。


ソラは背後のアイアスたちを気にかけながらも、椅子に座った。罠のようなものが仕掛けられているわけでもなく、ソラもまた、そんな物を警戒する素振りはなかった。


「あの日以来だな、君とこうやって顔を合わせて話すのは」

「そうですね」


ソラはそっと目を閉じ、しばらくの間、黙った。ジグルドも何も言わず、互いに沈黙が流れる。それを好機と見て槍を構える者もいれば、それを片手で静止する者もいる。中にはそのどちらにも興味を持たず、全く別の何かに目を向けている者もいる。


沈黙を破ったのは、ジグルドだった。


「あの日から、私には目標ができたんだ」


ソラは黙って聞く。


「私の息子と、ニンベルグ家の未来を奪った、あの憎きダルクリース家に復讐をするのだ」

「復讐をしても、ジークは戻ってきません」 

「貴様に何が分かる!」


生気の無かったジグルドが、まるで爆発のような感情を露わにした。椅子から立ち上がり、ソラの胸ぐらを掴む。その表情はひび割れたガラスのようで、今にもバラバラに崩れ落ちそうだった。


「何が分かるんだ、お前に。子供を奪われた親の気持ちが! お前も見ただろう、あの子の死に様を! 体中をずたずたに切り裂かれ、生首と体は二つに切り分けられていた!」


ジグルドの怒りは、まるで炎のようである。火種から燃え移り、大きくなれば関係のない場所へ次から次へと燃え移り、全てを灰にするまで終わらない憎しみであった。


「お前のせいだ……」


そしてそれは、本人をも蝕んでいた。


「お前さえ、いなければ……!」


ジグルドはナイフを握りしめ、ソラの喉笛めがけて振り下ろす。扉の向こう側から槍が飛ぶが、それは彼の間合いに入った瞬間に弾かれた。


遮る者も脅威も跳ね除け、凶刃は振り下ろされる。


「──役立たずって、言われたんです」


ジグルドが握りしめたナイフが、空中で止まる。彼の怒りは決して収まらないものの、次の瞬間に振り下ろされるというようなことはなかった。


「私、ジークに役立たずって言われたんです。お前じゃ勝てない、何もできやしないから……って」

「……何を言っているんだ」


尋ねはするものの、ジグルドは揺れていた。頭の良い彼は分かってしまったのだ、自分が思っていた真実が、微妙に真実とは異なり、それが自分にとっては大きな意味を持つということが。


「簡単なことですよ、ジグルドさん」


ソラは隙だらけのジグルドに抵抗しようともせず、逃げようともせず……ただ、その口を動かした。冷ややかに、けれども一切の躊躇いもなく。


「私も貴方も、ジークにとっては『守るべき弱者』でしかなかったんです」


それはまるで、恨み言のように。



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