「第三十八話」お前が惚れた女をだよ

ジグルドの怒りは最早、行動に示せるような生温いものではなくなっていた。冷めた態度のソラとは対極に、その胸の内は轟々と燃え盛る炎に等しい。


それらが今にも溢れ出るのではないかと、傍観者であるスルトは手に汗を握りしめていた。


(もう駄目だ、父さんはとっくに呑み込まれてる! ソラが危険だ、早く……!)

「待ちな」


意を決して間合いに踏み込もうとしたスルトを止めたのは、アイアスだった。


スルトはアイアスを睨んだ。


「何のつもりだ、お前」

「あ? 水を差すなってことだよ間抜け」

「父さんはもう見境を無くしてる! ソラを殺そうとしたんだぞ、実の娘同然に愛していた彼女を!」

「ただの嫉妬だろ、それ」


何も言い返せなくなったスルトは、そのままアイアスを睨んだ。アイアスは舌打ちをした後に、スルトの胸ぐらを掴み、その目線を自分から部屋の中へと向けさせた。


「何を……」

「お前みたいな小物が心配しなくても、あいつは死なねぇ……誰も殺さねぇし殺させねぇ」


アイアスは殺気立ったセタンタも睨む。スルトとセタンタ、二人の『剣聖』を同時に抑え込むだけの覇気と実力が、彼女にはあった。


「だからまぁ、ちったぁ信じてやれば良いんじゃねぇか?」

「信じる? 何をだ……?」


アイアスは最早呆れた顔でため息をつき、しばらく言うべきか言わないべきか、柄にも合わず野暮なことで頭を巡らしていた。


その果てに、言ってやることにした。


「お前が惚れた女をだよ」

「──」


スルトは目を見開いた。


「……そうだな」


そう言って、スルトは拳を握りしめながら、しっかりと向き合った。自分の父親の今を、その惨状を正面から打ち破ろうとする、家族になるはずだった女性を。


「そうしよう」


託そうと、任せて信じようと思った。

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