「第十五話」刀匠令嬢、決闘を申し込まれる
「──スルト!」
地面に倒れるより前に、ソラがその体を抱きかかえる。彼女の不安は膨れ上がっていくばかりだったが、それも泡のように消えていく。スルトはまるで眠っているかのように、か細い息を繰り返していたのである。
「……はぁ」
穏やかで、余りにも腑抜けた寝顔。ソラは先程まで、自分が生死を彷徨うような戦いを繰り広げていたことを忘れるほどに、今のスルトはとてもぐったりしていて、それでいて安心できる油断をしていた。
「そうだよね、今までずぅっと……頑張ってんだもん」
頭をそっと撫でてやろうかと思ったが、ソラはそれをしてはいけないと思った。彼は、もう既に自分の気持ちにケジメを付けた。それをさせた自分が、中途半端に彼の人生に踏み入ってはいけない。──そんな気がした。
「……お疲れ様」
そう言って、ソラは深い安堵の息を漏らす。入学早々、色々なことがありすぎた。友好関係にあったニンベルグと手を切り、代わりに因縁深いダルクリース家と同盟を結んだ。そして学校でできた初めての友達が、余りにもなんというか……男というか漢というか、ハチャメチャな人だった。
たった一日の間に起こった騒動の数々、それらに思いを巡らせていると、ソラとスルトの間合いに容赦なく土足で踏み入ってくる人間が一人。──傲岸不遜、意気揚々とした態度のそれは、やけに不機嫌そうなアイアスだった。
「返しな!」
そう言うと、アイアスはソラの手に握られている『蛍』を分捕った。そのまま刀身を舐め回すようにじっくりと見つめ、その後に鼻息を鳴らし、腰に背負っていた鞘にスルスルと収めていく。──かちん。気持ちのいい音が鳴ると同時に、アイアスの頭突きがソラに炸裂する。
「ぎょわっ!?」
「こんの糞餓鬼! よくも俺にあんな刀の扱いをさせてくれたなぁ! 実力云々以前にテメェは冷静さがねぇ、感情で突発的に動きすぎなんだよ! あとソイツとうっとりしてる暇があるんだったら当初の目的を思い出しやがれ! あの餓鬼を助けに来たんだろ!? 俺がとっくに保健室にぶち込んでやったけどな!」
「いったた……ゴメンってば! あとありがと! でも暴力反対だよ!」
「へっ! そいつはコイツからの拳骨だと思っとけ!」
そう言ってアイアスは『蛍』をアイアスの顔に押し付け、その後に背負い直した。彼女はとても不機嫌に怒っており、しかしそれは、どこかでしょうがないなと冷めていくものでもあった。故に彼女はため息を付き、その場に座り込んだ。
「まぁ、そういうお子ちゃまな正義感も悪くはねぇ。俺はそんな好きじゃねぇが」
「……助けに来てくれて、ありがとね」
「……おう」
ちょっと照れくさそうに、目線を逸らしながらアイアスは応えた。ソラは薄く微笑みながら、そんなアイアスの表情を眺めていた。
全てが、解決した。
そう、燻っていた問題は全て解決したはずだったのだ。
「いい雰囲気をぶち壊して悪いんだけどよ、お二人さん」
ソラが気づく、アイアスも気づく。その声の重圧は先程の悪魔よりも尚重く、まるで大岩を背負わされたような感覚が二人を襲った。──かろうじて向けた目線の先には、一人の少年が立っていた。
「……クー・フーリン?」
「おう、久しぶりだなソラ」
軽快に笑うクー・フーリン。しかしそこには友愛や、あの食堂で感じた妙な親近感はなかった。寧ろ突き飛ばされるような、近づけば殺されるのではないかという錯覚を覚えるほどに、ソラは彼からの殺意を感じていた。
立ちふさがるように、アイアスが立ち上がる。
「殺意丸出しでやってくるたぁ、大層な理由でもありそうだな。恩を仇で返すのが、あんたらクランオール家の礼儀かい?」
「……やっぱ、お前にはバレてたか。──そうさ、俺はセタンタ・クランオール。『四公』クランオール家の『剣聖』だ」
ソラは驚いた顔をしていた。財力も人脈もない彼女には知る由もない話、彼女は目の前にいる人間が『剣聖』であることに驚きを隠せていなかった。
無論、それはアイアスも同じである。薄々気づいていた予感が、この場を支配するほどの覇気によって確信に変わっただけの話である。
「俺んとこの当主サマは欲深い人間でね」
悲しそうに、しかし殺意は途切れさせないまま、狼は獲物から決して目を逸らさずにその顎を開く。
「イーラ家を取り込み、名誉が失墜したダルクリースに『天誅』という名目で略奪を行う。そうすることで『四公』、いいやこの王国の権力争いに躍り出るつもりなのさ。──俺が何をしたいか、分かるよな?」
セタンタの圧倒的な気迫に気圧されたソラは、スルトを守るように強く抱きしめた。もしもクランオール家の目的が権力の拡大ならば、無防備なスルトを逃がすわけがないからだ。
「……上手く逃げろよ」
アイアスは持っていた刀をソラに押し付け、腰にぶら下げていた小槌を両手に一本ずつ握りしめた。セタンタはそれをただただ無表情のまま眺めていた、殺意だけで、純粋なその感情だけで、彼は今ここに立っていた。──だが。
「でもまぁ、俺はお前等に二つの恩がある。それを忘れて槍を振るうほど、俺は外道じゃない」
そう言って、セタンタはいつもの穏やかな表情に戻った。
「一つ。天丼をたらふく奢ってくれたこと。もう一つは、アリスをそこで伸びてるバカから助けてくれたこと、だ。でも勘違いするなよ? 決してお前等を見逃せるわけじゃあねぇ、俺は俺なりに譲れないところがある……だから、お前等とは戦わなきゃならねぇ」
「回りくどい言い方は嫌いだな、さっさと用件を言いやがれ」
何処に槌を振れば良いのか分からないアイアスが、不機嫌そうに言う。セタンタは少し顔をしかめた後に、頭をボリボリと掻いた。
「……まぁ、簡単に言えばだな」
そしてその指を、アイアスに向けた。
「アイアス・イア・ダルクリース。俺はお前に、この学園のルールに則った決闘を申し込む」
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