「第十七話」正重、燻った過去に苛まれる
「なので、今度は私がアイアス様を助けます」
「は?」
「アイアス様、あなたは昨晩クー・フーリン……いいえ、セタンタに決闘を申し込まれた。そうでしょう?」
呆けた気分から一転、アイアスは小さく舌打ちをした。何をどうやって知ったのか、或いは一晩の内に噂が広まったのか……何にせよ、面倒くさいことになってきた。
「だから何だってんだ、あ? 大人しく尻尾巻いて逃げろってか?」
「違います、私はあなたのそんな姿を見たくありません」
困惑するアイアスに、アリスは再び頭を下げた。
「何を……」
「お願いします、アイアス様」
凛としていた彼女の声が、熱く確固たるものへと研ぎ澄まされていく。
「私に、あなたが勝つためのお手伝いをさせてください」
それがアイアスにはまるで、打ち始めた刀のように見えた。何にでもなれる、どこまでも上に行くこともできるし、いつまでも落ち続けることもできる……そんな、輝かしく底無しの可能性を秘めた刀身に。
アイアスはそれを突き飛ばすこと無く、静かに試した。
「俺に味方するってこたぁ、ダルクリース家に肩入れするってことだ。社会的な地位は言わずもがな、恨みを持ってる輩だって山ほどいる。──お前を殺しにくる馬鹿だっているかもしれねぇぞ」
「構いません」
アリスは即答し、更に自らの熱い覚悟を言葉として示した。
「私は暴力が嫌いです。だから人を沢山殺したダルクリース家であるあなたと同じ部屋だと聞いた時は、ずっと黙っていようと思っていました」
──でも。彼女はそう言って、アイアスの瞳を見据えた。
「あなたは見ず知らずの、しかもただの平民の私を助けてくれました。家のことなんて関係なしにあなたは優しかった、だから──」
アリスは再び頭を下げた。一番深く、最もしっかりとした姿勢で。
「今度は、私の番です」
「……はぁ」
アイアスは感服すると同時に、呆れてもいた。よくもまぁ、たった一度の音を返すために熱くなれるものだ。人情が命の戦乱であったとしても、これほどの仁義の厚さを持った人間は一人しか見たことがなかった。
「──んじゃ、手伝ってもらうとするか」
アイアスがそう言うと、アリスは晴れやかな笑顔で飛び回った。その様子は鳴るで穢れを知らない天使のような、くるくると空を漂う雲のような。そう、それは、それはまるで──。
(お前みたいだよ、蛍)
微かに、燻った過去の残り滓が、正重の傷を焼いていた。
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