「第十九話」刀匠令嬢、魔法を学ぶ
校舎を出てきたアイアスは、アリスから魔法の手ほどきを受けていた。
しかしそれらは基礎の基礎、はじめの一歩にすぎない。アイアスは魔法どころか、魔力を練り上げることで精一杯という状況に陥っていたのである。
「体の中にある何かをイメージしてください、それを続けていれば体の何処かに違和感が出てきます。……どうですか?」
「ふぅうぅぅぅうんぬ、ッづっ! だぁっ畜生! 駄目だ、どうしても炎やら風やらが起こせる気がしねぇ! 掴んだ感覚を手に残すだけで精一杯だ!」
顔を真っ赤にしたアイアスが地面に座り込む。アリスは何か言いたげであったものの、息の荒いアイアスのその様に言葉が引っ込んでしまったらしい。
「はぁ」
代わりに小さなため息を口から出し、アリスはアイアスの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「本当に、無理そうですか?」
「ああ、情けねぇが降参だ。やっぱしわくちゃババアじゃねぇと魔法は使え……」
言いかけたアイアスの口が止まった。その理由は、アリスの指先から小さな炎が出てきたからである。小さな、しかし火打ち石も無い中での指先からの炎。──魔法によるものだった。
「私はまだ十六歳ですが、魔法の腕だけで言えばセタンタにも負けるつもりはないですね」
「すげぇ」
「素直に褒めてどうするんですか……まぁ嬉しいですけど」
アリスは少し照れくさそうにしながら、指先の炎を消した。
「とはいえ、人にはそれぞれ得意不得意があります。アイアス様には魔法よりもやはり……」
そう言ってアリスは拳を握り、何もない空間へと叩きつけた。すると空間に亀裂が走る、底に穴が開く。──アイアスはその現象に見覚えがあった。
「それ、スルトが使ってたやつだ」
「スルト? ……ああ、ニンベルグのですか。これも魔法ですよ、あんな落ちこぼれでも使えるような『一応』高等な」
「……落ちこぼれってのは、どういうことだい?」
アイアスはその言葉が妙に引っかかって、アリスに聞いた。彼女は余り良い顔をしなかったが、ただ一言で纏めた回答を返してくれた。
「複雑なんですよ、ニンベルグ家は。なんでも優秀な『剣聖』がいたけど、死んだらしいんです。──弟であるスルトはそれの代わり、代用品って噂ですよ」
胸糞悪い話だと、アイアスは唾を吐き捨てた。アリスは咳払いをした後に、突っ込んだ空間の穴から何かを掴んだ。
「さて、話が逸れてしまいましたね。こちらを使ってください」
「おっと……こいつぁ、剣か?」
見たところ市販の剣だろうか? 量産品だということに無理やり目を瞑ったとしても、この室は中々に辛い部分がある。
「次に教える魔法はその剣を使います」
「あ? 魔法ってのは棒切れぶん回して念仏唱えるモンだろ? 剣なんて一番縁遠いと思うんだが」
「魔法に対するクソみたいなイメージは早めに捨てていただけると嬉しいですね。さて、其れについてはどう説明しましょうか……」
顎に手を添えて考え込むアリス。アイアスは渡された駄剣を適当に振り回しながら、あることに気づいた。とても重要で、早急な解決が必要な目の前の課題に。
(そういや、俺が使える武器がねぇな)
自慢の刀はソラに渡すとアイアスは決めた、そもそも彼女は剣士としての武を心得るつもりはない。あくまで自分は刀鍛冶であり侍ではない。確固とした戒めが、彼女の奥深くにある「正重」が定めたものである限り、其れが揺らぐことはないのである。
(どうすっかねぇ)
悩んでも答えは出ない。しかし、それを待ってくれるほど現実は甘くない。
重くて扱いづらい鉄の棒を持ったアイアスに、アリスが話しかける。
「アイアス様、何かこう……取り敢えず剣を振ってもらっても?」
「お、おう?」
アイアスは何気なく普通の要求に拍子抜けしていた。言われたとおりに剣を振っては見るものの、そこに意味があるようには思えなかったし、何よりこれではただの素振りと何ら変わりない。
「なぁ、これに何の意味があるんだ?」
「……はい、大体わかったので結構です」
アリスの落ち着いた声色に、アイアスの疑問は更に深みを増していく。今ので何が分かったのか、一体どんな意味があったのか、そもそも自分は魔法を使えるだけの才能と筋があるのか……不安要素が積み上がるばかりで、アイアスは不満を感じてさえいた。
「分かったって、何がだよ」
「アイアス様の得意な魔法について、ですよ」
しかめた顔のアイアスは、ほのかな怒りを漂わせていた。アリスはそれを真正面から受け止め、彼女の目を見て言い放った。
「魔法にも色々種類があるんですよ」
そう言ってアリスは、アイアスの持つ剣を指差した。
「炎や風を引き起こしたり、傷を癒やしたり。色々ある魔法の中で、アイアス様は恐らく最もシンプルなものを得意とするはずなんです」
「へー! んで、そのシンプルな魔法はどうやって使えるんだ、ええ?」
若干の苛立ちをふくらませるアイアスに、アリスは臆せずに言う。
「簡単な話です。さっきアイアス様が掴んでいた魔力の感覚を保ったまま、その剣で相手に殴りかかれば良いのです」
「はぁ? それじゃあ魔法になってねぇじゃねぇかよ、あの魔力っつ−のを練り上げて初めて、魔法は成立するんじゃなかったのかよ」
「それはあくまで『目に見える現象』としての魔法の話です。普通に殴ったり斬ったりするぶんには、ただ魔力を握るだけで十分なんですよ」
アイアスは自分の持っている剣を再度見直した。酷い剣だが、一振りの剣だ。ならば刀鍛冶として礼儀を持って接さなければなるまい。──特に、これから自分が行うことに対しては。
「んじゃ、試し斬りに付き合ってくれや。やってみてぇことがあるんだ」
「えっ!? ぼ、暴力反対!」
「違ぇよ馬鹿、お前みたいな雑魚とやっても何の面白みもありゃしねぇ」
きょとんとしたアリスの顔を鼻で笑ってから、アイアスは数歩距離を取る。間に数人は入れるぐらいの間合いになってから、アイアスはニヤリと笑った。
「ありったけだ、ありったけの魔法を俺に撃ってくれ! ──たたっ斬ってやる!」
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