「第九章」最凶と最強
「第四十一話」燻った怒りと復讐心
吹き飛ばされた部屋に、その女剣士は降り立った。女にしては背の高い風貌である。
顔に大きな傷を負ってはいるが、それすら凌駕するほどの美しい顔立ち。長く黒い髪を適当に紐で括り上げ、浮き出た顔の肉付き。それを心得のある者が見れば、彼女が相当な実力者だということを否が応でも思い知らされることであろう。
女は腰に差してある異形の剣、『刀』の鞘を手で擦った。
「──いやはや、凄まじい」
その瞬間、その場にいた誰もが『死』を間近に感じた。
十分な距離があり、抜刀すらしていない。にも拘わらず彼ら彼女らは『斬られた』という錯覚とその感覚を覚えたのである。否、そんなことはない。有り得るとするならば、それ程の殺意や覇気が滲み出ているということだろう。
その中でただ一人、最前線にも拘わらず、一切の怯みも隙も見せないまま、ダルクリース・イア・アイアスはその女を睨んでいた。──睨まれた女は、満面の笑みを浮かべていた。
「流石は至元流の剣聖。鎌鼬を巻き起こすほどの居合とは……恐れ入る」
「不意打ちたぁとうとうテメェも外道に落ちたみてぇだな、ナマクラどころか鉄屑に成り下がりやがって……どの面下げてきたんだよ、お前」
凄まじい剣幕のぶつかり合いは、最早別次元の物だった。どちらかが指先を動かしただけでも決着が付く……一瞬、刹那における判断・決断の繰り返しという戦いが、二人の間では既に始まっていた。
「……一つ聞くぞ、蛍」
「師匠が拙者に物を尋ねるとは珍しい、なんです?」
「お前、本物のダルクリースの『剣聖』殺しただろ」
驚きの声すら、発せないほどの圧。
有象無象へ、ただ身構えることしか許さないまま……蛍と呼ばれた女剣士は笑った。
「ええ」
腰の刀に、手を掛けて。
「とても、とても強い御方でした。……まぁ最も、その後に死合ったもう一人は、弱すぎて話になりませんでしたが──」
言い終わる頃には、刀を抜き終わっていた。
アイアスの間合いに踏み込み、その喉笛へと刃を振るう。避けることも正面から受けることも、最早敵わない。──アイアスは、歯噛みした。
「……馬鹿野郎ッ!」
ガギィン! 凶刃を、白刃が薙ぎ払う。
アイアスではなく、割って入ったソラの白刃が。
「おっと」
「……馬鹿にするな」
後退する蛍、アイアスの前に立つソラ。
彼女は刀を握りしめたまま、目の前の敵を睨みつけた。
「ジークを侮辱するなぁああああああああああああ!」
理性も無い、策があるわけでもない。
普段冷静であるはずの彼女を変えたのは、彼女自信が抑え込んでいた感情の渦……その中心にある、燻った怒りと復讐心だった。
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