「第四十四話」決着

鏡合わせの如く放たれた一撃は、ほとんど同じタイミングで振り下ろされる。防御不能、受ければ次なる一撃を叩き込む事を前提にしたその剣は、二撃目を考える必要がないほどの威力を持っていた。渾身の一撃は当たれば必勝、そうでなければ必ず死ぬ……退けた側が勝ち、退けられた側が死ぬという、実に簡単なルールだ。


どちらが勝つかなど、刃を交えてからでなければ分からない。

それでも、対面する蛍は勝利を確信していた。


(以前の拙者であれば切り捨てられていたであろうが、今回ばかりはそうはならんでござる)


蛍の剣は、どこか腑抜けていた。いいや、敢えて力を抑えていたのである……一撃目を外した後の、二撃目に全力を注ぐために。

無論、そんな事をすればアイアスの初太刀に斬り捨てられて仕舞いである。──蛍はそれを覆す術を、既に手に入れて行使していた。


魔法。

戦国の世にはあり得なかった、異形の力。


彼女はそれを使い研究し、「一撃だけは絶対に無効化する」という魔法を編み出した。解除は不可能、斬撃だろうが打撃だろうが全てを一度だけ無効化するその魔法は、通常ならありえない「無傷の捨て身」を可能とする。──既に満身創痍のアイアスでは、不意打ちに対応するだけの行動を起こせない。


振り下ろされる斬撃を見て、蛍は勝利を確信する。あの一撃を振り終わると同時に、自分の剣撃が師の脇腹を引き裂く……数十年もの間、それだけを願って剣を振るってきた。あの日、あの場所でやられたことを、そのまま返すことだけを夢に見て。


(この一撃で、拙者は貴方を超える……それを証明する!)


振り下ろす剣、振り下ろされる剣。

刃を交える気など毛頭ない。ただ相手の骨を、肉を……命を断つ。それだけの為に、振るわれた殺人剣。


アイアスの振るった刃が、雄叫びと共に蛍を斜めに一閃した。


「……あ?」

「気合だよ、気合。テメェの浅知恵なんざ、刀一本ありゃどうとでもできるんだよ」


吹き飛ぶ腕と刀、虚空に飛び散る血飛沫を見て、蛍はようやく目の前の白刃を見た。──二撃目。横薙ぎの斬撃が振るわれようとしている。殺意に満ちているように見えて、その奥に在る感情が逆に見え透いている。


(……ああ)


蛍はそっと、目を閉じた。


「──あばよ、親不孝」


斬撃は、重く鋭く勢いがある。体の捻りを利用したこと、蛍が油断しきっていたこと……それら全てを加味した上での一撃は、人一人の胴を泣き別れにする程の威力であった。


(今度こそ、負けを認められそうでござるな)


斬られた痛みは驚くほど早く感じなくなって、驚くほど体が冷えていく……ぼんやりと霞んでいく視界、眠るように崩れていく五感。同じ人に、あの時と全く同じ殺され方……だがしかし、心だけは清々しい空模様である。


「……ごめんなさい。そして、さようなら」


ああ、ようやく言えた。あの時は恨み言しか言えなかったけど、悔しくて悔しくて仕方なかったけど……やっと言えた。今回も良い方には進めなかったけど、それでも最悪じゃなかった。


「……外道のくせに、いい面で死にやがって」


アイアスは開いた傷口から流れ出る血を見ながら、仰向けの死体を見て笑った。ふらついて、ふらついて……踏ん張りきれずに、その場に倒れるように座り込んだ。彼女には最早何も見えていない、何も聞こえていない……考える力も、殆ど無い。──だが、まだやるべきことがある。


「……安心しろ、今すぐそっち行って……説教してやる」


震える手で、服の袖を掴む。片手で持った刀に付着した血を拭い取り、拭い取り……これまた震える手で鞘を掴み、どうにかしてするすると納めていく。──カチン、気持ちのいい音だけが、既に失われた聴覚によく響く。


「……ここにもよ、閻魔様やら地獄やらはあるんだとよ」


伸ばしたその手で、既に冷たくなっている手を掴む。

血みどろで、手豆だらけで、どこまでも人を殺し続けた人間の手。


「そしたらうんと償おう、俺も一緒に頭下げてやるから……償って、もしも生まれ変われたら……」


それでも、自分が愛した馬鹿野郎の、いつまでも小さい手だった。


「今度こそ、俺は父親するからさ」


瞼を閉じながら、少女の体は冷たくなっていく。


彼女も、その前世である彼にも後悔など無かった。

刀を打ち、ひたすらに最強を求め続け……二度目の人生にて、己の中で定めた「最強」を倒すことに酔ってそれを証明した。


そう、後悔は無かった。

ただ、「もしも」という有り得ない自分だったら……そんな、何の益も為すための方法も無い考えだけが、最後の一瞬までその脳裏を駆け巡っていた……それだけの話である。

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