ep35 勇者
久方ぶりに顔を合わせた両親と話していると、気付けば夕方になっていた。
毎日顔を出すと両親は言っていたが、二人とも仕事がある。
もう危険にさらされることもないのだから気にするなと言って、帰ってもらった。
それからしばらく。
スマホの充電器を貸してもらい、満タンになるまでテレビを見ていると、またもや来訪者。
どうぞと声を出すと、そこには友部さんと風呂敷を手にした霜月さんの姿があった。
「よっす、元気にしてるかぁ~主さまっ!」
「霜月さん! えぇ、この通りピンピンしてますよ!」
「ならよかった」
彼女はちらりと俺の左腕に視線を向けるが、それに触れることはなく手にしていた風呂敷を掲げた。
「ほれ、弁当だ! 目が覚めたって聞いたもんだから、美味い飯でも食いたいかと思ってなぁ!」
「本当は病院食を食わせにゃならんからダメなんだが……今回は特別だ」
呆れたような友部さんの表情。
霜月さんはわりーわりーと笑みを浮かべて、俺の前に風呂敷を広げる。
そこに収められていた弁当はどれも美味しそうな一品ばかりだ。加えて、パッと見ただけでも栄養バランスが整っているように思う(素人意見)。
「ほう、美味そうだな。私も貰っていいか?」
「ダメに決まってんだろー? これは主さま専用だ。ほれ食ってみ? 食い辛いならあ~んしてやろうかぁ?」
「ん~、なんて魅力的な提案。霜月さんみたいな美人に言われたらついお願いしたくなりますよ~」
あはは~、なんて冗談交じりで口にすると、彼女は箸を手に取る。
「ん、何がいい?」
「え……っと、じゃあその卵焼きからで」
「おっけ。はい、あーん」
「……あ、あーん」
口を開けると卵焼きを放り込まれる。
だし巻き卵だ。
とてもおいしい。
ちょっと硬めなのが個人的に好み。
ホテルの朝食なんかで出るタイプの卵焼きだ。
「美味しいです」
「だろ?」
「……でも、恥ずかしいのであとは大丈夫です」
「照れんなって、ほれほれ。あーん」
にやにやと八重歯を見せながら箸で摘まんだからあげを差し出す霜月さん。
理性と羞恥で口を開けずにいると「……ん? いらねぇのか?」と妖艶な笑みを浮かべてくる。
……そんなの無視できるわけがない。
男とは、なんと単純な生き物か。
これはきっと本能だ。
「あ、あーん。……あっ、これめっちゃ好きです」
「そうか? にひひっ、まだまだあるからな」
そう言ってニコニコと笑みを浮かべる霜月さん。
その隣で、喉と腹の虫を鳴らす友部さん。
「……や、やっぱり一口だけでも……」
「だーめだ。友部はさっさと帰って旦那の食事でも作るんだな」
「し、霜月もそうじゃないのか?」
「私はもう作ってるから。旦那から『俺からの感謝も伝えておいてくれ』って言われたぐらいだしな」
「ぐぬぬ……」
そうして俺は、言い争う二人に挟まれながら霜月さん手製の絶品弁当を完食するのだった。
§
一人になった病室で、俺はスマホを立ち上げる。
壊れている可能性もあったが、問題なく電源は付いた。
金に物を言わせて最高級スマホを探索者仕様(防御力マシマシ)に改造しといて正解だった。
ネットサーフィンでもしようかと考え——。
「なんだこれ」
ギャラリーに知らない動画があった。
サムネイルは薄暗い洞窟のような場所。
……いや、すんごい見覚えあるんですけど。
タップすると、動画は再生され——モノクルの男が映った。
『これで映っているかな? ……こほん、やあ、相馬創くん。キミがこの動画を見ているという事は無事に生き延びたという事なのだろう。ボク個人として、とても嬉しく思うよ』
そんな前置きから始まった動画は、おそらく俺が白い部屋で意識を失った後に撮影された物なのだろう。
『本当はキミに直接伝えたかったんだが、生憎と話せる状況ではなかったからね。念の為に回収しておいたキミのスマホを使わせて貰っているよ』
おそらく戦闘のどさくさに紛れて回収していたのだろう。
『キミに伝えたかったのは他でもない、ボクらという存在と、ダンジョンに関してだ。格好よく言い換えるのなら——世界の真実、という奴だね』
「世界の、真実……?」
動画内のモノクルの男は、まるで俺の反応を想定しているようにうなずき、続ける。
『そう。まずボクらに関して……あぁ、ここで言うボクらと言うのは、ボクと一緒にキミの相手をしたゴブリンやオークたちのことだ。ボクらは一言で言ってしまえば——この世界とは別の世界。つまるところ、異世界の住人だ』
「……マジか」
異世界って、あれか。
小説やアニメなんかでよくある……。
『ボクたちの住んでいた世界には魔王という悪い奴が居てね。魔王は世界の征服を目論んで——そして達成してしまった。ボクたちの世界は暗黒に包まれてしまった。だけど、魔王は世界を征服するだけじゃ飽き足らなかった。その結果——別の世界をも、征服しようと考えた。それが、キミたちのいるこの世界。太陽系第3惑星、地球があるこの世界だ』
「……」
やべぇ、話がだんだん壮大になって来たぞ。
頭のいい学者先生に見せた方がいいかもしれん。
先ほどテレビに出ていた道長様とかちょうどいいと思うの。
ぜひ直接お会いしたい。
……下心はないよ? ほんとだよ?
そんな俺の想いとは裏腹に、動画は続く。
『しかし、世界を渡るとなると、魔王も一筋縄ではいかなかった。奴は力が強大すぎたんだ。そこで、『聖女』と呼ばれる最強の魔法使いに命じて、世界を繋ぐトンネルを作って、知恵のないモンスターを送り込むことにした。特定のモンスターを核に生み出されたそのトンネルこそ——ダンジョンだ』
マジかよ。
ダンジョンって本当はやべー穴だったってこと?
『ダンジョンは当然、ただのトンネルではない。モンスターを生み出したり、力を分け与えたりする。ボクはそれを意図的に引き起こして亜獣の国の同胞たちを強化していた訳だ。——だけど、強化自体は自然発生することもある。『魔石を持つ生命体』が『強く力を渇望した時』ダンジョンは力を貸す。それこそが、キミの身に起こったことだろう。あのへんてこな武器の魔石が焼き付いて、誤認したんだろうね。まぁ、あくまでボクの推察ではあるけれど』
おうふ。
つまり俺って、ダンジョンからモンスター扱い受けていたのか。
……というかこれ、他の人にバレたらヤバい感じ? 明らかに人間じゃないよな。
……まぁ、その時はその時か。
説明すれば分かってくれるでしょ(震え声)。
「あれ? でも侵略の道具なら、なんで望みが叶うやら祝福の鐘なんてものがあんだ?」
侵略のトンネルに、そんなものは必要ない。
俺の疑問に答えるように動画は進む。
『当初、容易に進むとされていた侵略戦争だが、
「……」
『そして与えられたのが、ダンジョンの最奥——つまりは最も我々の世界に近付いた人間に何でも望みを叶えるという褒美を与える事と、ダンジョン探索者が途切れないように祝福の鐘を全世界に轟かせ、その興味を持続させること』
確かにそう言われて見れば理にかなっているような気もする。
『だが、魔王はそれを放置しなかった。『聖女』はその身を隠してるから見つけられない。そこで奴は知能ある軍勢を送ることにした。奴が支配した国々の兵士を使って侵略を始めたんだ。その第一陣こそが——ボク、そしてキミが戦ったゴブリンたち『亜獣の国』だ』
「……」
『悪いと思ったけど、それでも戦わねばボクらが殺される。だから戦った。人の少ない三船ダンジョンで少しずつ準備をして、侵攻を仕掛け、キミたちの世界を滅ぼそうとした。だが——キミはそれを破った。他のSランク探索者が倒したダンジョンの核となった強力なモンスターではなく、本物の魔王の軍勢を一人で破って見せた。だから——』
動画の中のモノクルが光る。
『相馬創くん。図々しいことを承知でお願いするが、どうかボクたちの勇者になって欲しい』
「……俺が、勇者?」
『ボクたちが敗れたと知れば魔王はまた新たな軍勢を送り込むだろう。キミはこれを撃破し、力を示し続けてくれ。そうすれば、扉は開かれる――どうにかして魔王が乗り込んでくるか、キミが乗り込むのか。それは分からないけど、
「……何を、勝手な」
この世界の人ならともかく、他の世界のことなんて俺には……。
「……」
そんな思いを見透かしたように、モノクルは苦笑を浮かべた。
『いいや、キミは守ってくれる。キミは自分で思っているよりも、誰かを守ることに命をかけてしまう人間だからね。だから、そんなキミに身勝手な願いを預けておくよ。もし魔王を倒してくれたらボクの娘を嫁にあげるからさ……なんて。まぁ、最終的に決めるのはキミだけど、あくまでも個人的な願いを伝えておくよ、相馬創くん』
それで動画は終わった。
再生を終了し、ベッドに身を預ける。
天井を見上げ、大きくため息。
「はぁ……」
考えるのは明日の自分に丸投げ。
ちょっとキャパオーバーだ。
学者先生やギルドに報告するのも、まぁ後でいいや。
とにかく……今は疲れた。
頭も使ったし、身体も治りきっていない。
俺は目を閉じて、眠りにつくのだった。
―――――
あとがき
明日で第一章ラストです。
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