ep20 新たなる探索者
痔の薬を丁重にお返しした日の放課後、俺は探索者ギルドに来ていた。
ダンジョンに潜る為である。
いつもと違うのはギルドから依頼された仕事ではなく、自主的に潜るということ。
理由は単純、腕がなまるから。
戦いから遠ざかれば遠ざかる程、感覚は鈍っていく。
低階層で雑魚狩りするだけでもかなり変わるものだ。
「それじゃ十階層辺りまで潜ってこようと思います」
「大丈夫? まだ休んだ方が……」
「心配しすぎですよ」
「でも、でも……ほら、今日は異常も何も出てないし……そうだ! 何ならまた焼肉でも食べに……」
「本当に大丈夫ですって」
怪我をしてからというもの松本さんの様子がおかしい。
まぁ、あんな大怪我を目の前で見たのだから仕方ないかもしれないが。
問題なのはそんな彼女を振り切って「行ってきます」と言えるほど俺の心が強くないということ。
悲しい顔はして欲しくないピュアボーイである。
『イく』『イかない』と傍から聞けば誤解を産みそうな問答をしていると、ギルドのドアが開かれた。
三船の探索者ギルドを利用する者など限られているので視線を向けると――しかしそこには見知らぬ女性が立っていた。
齢にして二十代後半。
腰まで届きそうな長い黒髪を揺らし、俯きがちな彼女はトテトテと近付いてくると口を開いた。
「……あの、探索者の、登録を、したいのですが」
その言葉に松本さんが返答。
「探索者になりたい感じですか? でしたら定期的に開かれてる試験を受けて資格の取得を――」
「し、資格は、あります」
そう言って見せられたのはCランク探索者の免許。
「……えっと、つまり登録というのは三船ダンジョンで活動する登録、ということですか?」
「は、はい」
「……え? ほんとに?」
「? は、はい」
小さく首肯する女性。
一方の松本さんは信じられないものを見た、と言わんばかりの表情を浮かべてから視線を俺に向けて口をぱくぱく。
間抜けな表情だがよくわかる。
俺もきっと同じ表情をしてるから。
「そ、相馬くん……探索者だって」
「それも経験豊富なCランク……」
俺と松本さんは目を見合せ――。
「「なんて珍しい……」」
「ふえぇ……? こ、ここ、探索者ギルド、ですよね? なん、でぇ?」
困惑した様子の女性の声がギルドに木霊した。
§
「わ、私、幸せな、坂道と書いて、『こうさか』と、言います」
「幸坂さん。素敵なお名前ですね。幸運が舞い降りそうで!」
「あ、ありがとう、ございます」
「それで幸坂さんはまたどうして探索者に?」
「えと、その……ど、同棲してる、彼氏が、『お前は何も出来ない、金が無いなら身体で稼いでこい』って」
「何一つ幸せじゃなかった」
「でも、確かに、私、要領悪いし、グズだから、身体で、稼ぐしか、なくて」
そう言って腕で身を抱える幸坂さん。
驚くほど豊満な胸が押し寄せられ、これでもかと主張を激しくする。
これ多分意味間違えてるな。
「……なるほどです」
ちょっと高校生には荷が重い内容。
助けて松本さん、と隣の人妻に視線をやると、彼女は小さく息を吐き――視線を逸らして呟いた。
「それは……大変ねぇ」
「えぇ……もっとこう、無いんですか?」
小声で尋ねると松本さんは目を釣りあげて答える。
「あのね、こう言うのは何の関係もない人が口出してもいいことなんてないの! せめてもっと仲良くなってから! ……ただ」
松本さんは幸坂さんを見つめると真剣な声で告げた。
「幸坂さん。Cランクなら分かってると思いますが、探索者は命をかけた仕事です。恋人とは言え、誰かに言われたからやるという考え方はやめた方がいいかと思います」
「それは、規則ですか?」
「いえ、あくまでも個人的に一ギルド職員として常々考えていることです」
幸坂さんは唇に手を当て考え込む。
そして、数秒もしない内に松本さんを見つめて微笑んだ。
「わかり、ました。ご忠告、ありがとう、ございます。でも、登録は、お願いしても、いいですか?」
「はい、もちろんです」
そうして三船探索者ギルドに新たな探索者が登録されるのであった。
「幸坂さん……はい、登録が完了しました。記録を確認したところ五年間ダンジョンに潜っていないとのことなので、研修として別の探索者と潜っていただきます」
「それは、規則ですか?」
「はい、こちらは規則ですね。……という訳で、そこの『まさか……』って顔をしている相馬くん。お仕事のご依頼です」
「そん、な……」
「今日は潜るつもりだったんでしょ? ちょうどいいんじゃないかしら?」
あれ?
さっきまでは行って欲しくないと口にしていたはずなのに。
仕事となれば圧倒的変わり身の早さである。
「そりゃそうですが、こう……自分から行くのと誰かに言われて行くのは別と言うか……」
「でも、人命にかかわる規則だし……」
ぐっ、そう言われてしまえば断りづらい。
確かに、どれだけ実力を持っていようとブランクと言うのは等しく足を引っ張る。
スポーツでも一日サボれば取り戻すのに三日かかると言われるほど、ブランクは危険なものだ。
「わかりましたよ。じゃあ改めまして、相馬創です。よろしくお願いしますね、幸坂さん」
自己紹介すると幸坂さんは目を丸くしてから小さく微笑み——。
「キミが、そうだったんだ。……よろしく、お願いします。相馬さん」
差し出された手を取って握手。
今思ったけどこの人凄い美人だな。
と言うか俺の周りは基本的に美人や美少女が多い気がする。
水瀬以外、夫or彼氏持ちという状況でさえなければ、そりゃあもう勝ち組人生真っただ中だったろうに。
「それじゃ、今からダンジョンに行こうと思いますけど、大丈夫ですか?」
「はい、準備は、できてます、ので」
そうして俺と幸坂さんはダンジョンに向かった。
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