ep32 失った物

「知ってる天井だ」


 気が付くと病院のベッドの上だった。

 見覚えのある天井は先日と同じ部屋のもの。


「起きたか?」


 どこか覚えのある声。

 視線を向けると、白衣を身に纏った友部さんが居た。


「起きました」


「気分はどうだ?」


「友部さんに看病されて、最高以外ありませんね」


「……ふっ、全くキミは」


「でも、ほんとありがとうございます。命を助けてくれて」


 正直、生きているのは奇跡だと思う。

 むしろ死んで当然の怪我だった。


 感謝を口にすると、友部さんは呆れたようにため息を零し、笑みを浮かべながら俺の頭をガシガシと撫でた。


「それはこちらの台詞だ。ありがとう、私たちを守ってくれて」


「……守れたんですね」


「あぁ、何があったのかは現在調査中。キミが目覚めたのならながーい事情聴取が待っている事だろう」


「そんなぁ〜めんどくさいなぁ〜」


「体調が完全に回復するまでは待つように伝えるから安心したまえ。……それより、そろそろキミに伝えなきゃ行けないことがある」


「それは……感覚のない左腕に関してでしょうか?」


「そうだ」


 友部さんはカルテを片手に告げる。


「発見された時、キミは両手両足が無く、顎は吹き飛び、右目は潰れ鼓膜は破れていた。骨折や打撲、内蔵の損傷に加えその他様々な怪我をしていたが……大体は治っている」


「現代医術に感謝ですねっ!」


「無理に明るく振る舞うな。……治らなかったのは次の二箇所。左腕と、その胸に焼き付いた銃の跡だ」


 服をめくって確認すると、サファイアの魔石式機構が胸に焼き付いていた。


「……まぁ、これはこれで個性的なタトゥーみたいでかっこいいので気にしないで下さい」


「そんな無理をしなくても……」


「……確かに、多少ショックはありますし、サファイアが壊れた事実には泣きたくなりますが、別にいいですよ。それよりショックなのは――こっちですね」


 ひらひらと左の袖を揺らす。

 二の腕から先がないので変な感じ。


「他の四肢は再生してるのにどうして左腕だけ?」


「焼けてたからだ」


「ほう?」


「他の部位は氷属性の魔法で凍らせてたからか、比較的損傷もなく再生できた。が、左腕の傷口周辺だけは焼け爛れて、周辺の細胞ごと壊死していた」


「死んでる部分を切断して回復魔法をかければ出来ますか?」


「無理だな。生まれつき腕のない人に回復魔法が意味をなさないように、キミの左腕もその形で定まってしまっている」


「うそーん」


「……泣いても構わないぞ。今なら私の胸も貸そう」


「別に泣きはしませんよ。仕方ないことですから」


「本当か?」


「はい。……それに昨今じゃ高性能の義手や義足も出てるそうじゃないですか。それに期待ですね。何かお勧めあったら教えてください」


 俺の言葉に友部さんはぽかんとした後に苦笑をうかべた。


「そうか、ならその時は遠慮なく頼ってくれたまえ。それじゃ、私はドクターを呼んでくるから、少し待っていてくれ」


 そう言って、友部さんは部屋を後に。


 一人の病室で、俺は左腕を擦る。


「……まぁ、腕一本でみんなを守れたのなら、それでいいか」


 小さく息を吐き、ダンジョンでのことを思い出す。


 大量のナイトメア種と戦ったこと。

 記憶をなくしながら魔法を行使したこと。

 そして、俺自身がナイトメア種のように身体が黒く染まり、敵を全て討ち滅ぼしたこと。あれは、何だったのか。


「……俺の記憶が戻ったのは、あいつのおかげなのか?」


 脳裏に浮かぶのはモノクルの男。

 何かを話していたようだが生憎と鼓膜が破れていて聞こえなかった。


 ただ、白い部屋で俺は記憶を取り戻し、激痛に気を失ったことは確かである。


 記憶を失っていた間の記憶もあったのは意外だったが。


 そうこうしているうちに医者が到着。

 前回と同じ医者である。


 服を脱いで検査。


「もう治ってるよ……ふぇぇ、探索者ってなんなの?」


「相変わらず酷いなぁ〜」


「でも、ごめんね。左腕、再生できなくて」


 辛辣かと思えば、やはり医者としてはその辺り悔しく思っているのだろう。

 下唇を噛み締めながら拳を握っている。


「さっき友部さんにも言いましたが、大丈夫ですよ。むしろ、左腕以外全部返ってきたんですから感謝しています。先日の大怪我の時もそうですが、命を救って頂き、ありがとうございました」


「いいよ。それが僕たちの仕事だからね」


 そう言ってお医者さんは部屋を後にした。


 かなり体力が落ちているので一週間ほどは入院していなさい、との事。


 なんでも俺は五日も昏睡状態だったらしい。


 そりゃあんな大怪我したら眠くなっちゃうよね云々。


「それじゃ私ももう行くから何かあれば呼んでくれ。それと……面会はどうする? 一応今は断っているが」


「別に大丈夫ですよ」


「そうか。ならばキミの知り合いに限り面会を許可しておこう」


「? 知り合いじゃないなら来ないのでは?」


「窓から外を見たまえ」


 言われるがままに外を覗き込むと、そこには大量のカメラや記者と思しき集団が。


「え、あれなんですか?」


「キミはバカなのか?」


「なんで罵られてるの?」


 意味がわからないと小首を傾げると、友部さんはため息をついて答える。


「いいかい? キミはダンジョンを完全攻略したんだ。世界で四人目のダンジョン完全攻略者。それも、誰も成し遂げていないソロでの攻略だ。マスコミが放っておくわけが無いだろう?」


「まじで〜?」


「で、どうする? 知り合い以外も面会許可を出すかい?」


「知り合いだけでお願い致します」


「よろしい。ではな」


 そう言って友部さんは病室を後にした。


 暇になった俺はプチッとテレビのスイッチを入れ、世間がどうなっているのかを知るのだった。

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