ep33 論争

『昨日に引き続き本日もホットな話題はこちら! 『三船ダンジョン完全攻略!!』 先日みなさんもお聞きしたかと思いますが、ダンジョン完全攻略を知らせる鐘の音が鳴り響きました。調査したところ攻略されたのは日本の三船ダンジョンということで……こちらなんと最近話題だった大怪我したAランク探索者の少年が攻略したということです。専門家の道長さん。どう思いますか?』


 女子アナに振られたのは、以前も見たことのある、ぼさぼさの赤毛に瓶ぶちメガネの女性だった。


 彼女は眼鏡のブリッジを押し上げながら答える。


『はっきり言って……凄まじいの一言に尽きる! 奇跡、否——実力か! 何はともあれ前代未聞の偉業であることに違いはない! 私個人としても、是非とも会って話を聞いてみたいっ! まず間違いなく彼は歴史に名を残す――いや、残したと言っていいだろう!』


 どこか興奮した様子の道長さん。

 なんだい、貴女。


 前は俺のことを貶していたのかと思っていたけど、案外わかる人じゃないの。


 以前制作した『絶対許さないリスト』から道長女史の名前を削除。


 それにしてもこの様子だと、一気に有名人になりそうな予感。……いかん、妄想が止まらない。


 やっぱちやほやされる妄想って絶対しちゃうんだよなぁ。


 テレビに呼ばれてインタビューされたらどう答えるか的な。

 うーん、悩ましい。


 ここはクールに「余裕でしたね」と答えるか。

 それとも「みんなのことを思うと、力が湧いてきました」と熱血系で行くか。


 そんなことを考えていると、ゲストに呼ばれていたアイドルグループの女の言葉が耳朶を打つ。


『でも、これって本当なのかなぁ~?』


 なんだァ? テメェ……。


『といいますと?』


 女子アナの問いに、アイドルは続ける。


『だってぇ、探索者ギルドはまだ正式には発表してないんだよねぇ~? それに、この人ってレイジ様が言ってた探索者なんでしょ~?』


 発表されてないのは、俺がついさっき目覚めたばかりで未だ事情聴取も何も出来ていないからだろう。


 レイジ云々の話はよく分からん。

 何かあったの?


 そう言えば八十五階層の配信はどうなったんだろ。個人的にレイジのことは嫌いだけど、別に死んで欲しい訳じゃない。怪我とかしてないと良いな。


 なんて考えていると、アイドルの言葉に同調するように、番宣に来たイケメン俳優が口を開く。


『確かにねぇ。あれだけ言われてた探索者が、いきなりダンジョン完全攻略なんて……やっぱ裏疑っちゃいますよねぇ?』


『というと、探索者ギルドが何かした、と?』


『ありえるんじゃないですか? それか、三船ダンジョンがよっぽど弱かったか。少なくともレイジが三船ダンジョンに潜っていれば、もっと早く終わったんじゃないかなーと』


 その俳優の言葉に真っ先に反応したのは道長女史。


『……はぁ、これだから素人は。いいか? 三船ダンジョンは『魔窟』と言われる難関ダンジョンだ。確かに探索者ギルドはまだ正式発表をしていないが、三船ダンジョンが弱いと言うのはあり得ない』


『でももう確認する方法なんてないでしょ? ダンジョンは消えちゃったんだから』


『探索者ギルドはすべてのダンジョンで収集されたデータを保管している』


『探索者ギルドが選定したランクについて懐疑が生まれているのに、その探索者ギルドのデータを持ち出してどうするんですか。ネットで見ましたけど、三船ダンジョンってゴブリンばっか出てくるんでしょ?』


『え~! ゴブリンとかよわよわじゃ~ん! この間甥っ子が倒してたよ~?』


『そうなんですよ。つまり、私が言いたいのは——今回の一件は探索者ギルドが自身の選定に間違いはなかったとするために、そのAランクの少年を担いで自己保身に走ったマッチポンプではないか、という事です』


 その俳優の言葉を道長女史は鼻で笑う。


『はっ、何を馬鹿な。あまりにも荒唐無稽だな。仮にそうだとしても、件の少年がダンジョンを完全攻略したことには変わりない。世界広し、難易度も様々なダンジョンで、比較的簡単と言われるダンジョンはごまんとある。しかし、誰もそれらを攻略できていない。この世界で、ダンジョンを完全攻略したことがあるのは四人』


 道長は指を立てながら名前を口にする。


『アメリカのジョン・カーター。ロシアのルキーチ・カラシニコフ。エジプトのアサド・モハメド。そしてここにもう一人——日本の相馬創だ。仮にダンジョンの難易度が低かったとしても、この事実に変わりはない。むしろソロで攻略したことを考えれば世界最強と言っても決して過言ではないだろう』


『だ、だから、それは別のAランク探索者を呼んで攻略させたとか、他の探索者が協力したとか——』


『妄想を口にしたいのなら家で語ってろ。ダンジョンを完全攻略できるレベルの探索者がそんなことに加担する必要はない。……大体この番組の態度はなんだ? 以前出演した時もそうだが、私の発言を遮って無意味な会話を垂れ流し——はっきり言って人間性を疑うな!』


『……ぐっ』


 道長さんに論破され、閉口するイケメン俳優。


 ざまーみやがれ! ばーかばーか!

 道長さん! もっとやっちゃってくだせぇ!


 この腐れイケメンに鉄槌を!


 もうほんと道長さん大好き!

 知的美女、大好物です。

 やっべぇな、惚れそう。

 むしろ惚れたね!

 結婚したい!


『ふん、くだらない人間だな』


 鼻を鳴らし、眼鏡のブリッジを押し上げる道長様。


 おぉ、なんということだ。


 左手薬指に結婚指輪があるじゃんね。


「……」


 魅力的な女の人って、みんな結婚してんだね。

 世の男は見る目あるわ。


 そんなことを思う昼下がりであった。



  §



 その後、友部さんが持って来てくれた病院食をいただき、心地よい陽気に身を預けながら眠りこけていると、病室の扉がノックされた。


 誰だろ。

 まぁ、変な輩は病院側が入れないって言ってたし、知り合いかな。


「どうぞ~」


 適当に返事をすると、現れたのは見慣れた人妻。


「いらっしゃい、松本さん」


「……っ! そうま、くん……っ!」


 心配かけまいと笑顔で出迎えてみる。

 すると松本さんは下唇を噛み締め、目元を赤くしながら近づいて——。


「わぷっ」


「よがっだぁ……よがっだよぉ……!! そうまくん……っ!!」


 ぎゅっと腕の中に抱きしめられるのだった。

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