ep34 再会

「いやぁ、ほんと御心配をおかけしました」


「んーん、そんなのどうでもいい。こうして生きていてくれるだけで……っ! う、うぅ……っ」


 松本さんの目から、ぽろぽろと涙が溢れてやまない。

 その度に彼女は袖口で目元を擦り、すっかりびしょ濡れだ。


「友部さんたちから聞きましたよ。松本さんが応援を呼んでくれたおかげで俺の命が助かったって」


「で、でも、私が依頼を出さなきゃ、相馬くんがあんな目に遭うことも……腕が、無くなっちゃうことも、なかったのにぃ……っ」


「それが俺たちの仕事なんですから、仕方ありませんよ。それに、松本さんが依頼してくれたから、他のみんなを助けることが出来たんです。……失くした物より、拾った物を大切にしましょう?」


「うぅ……そうまぐん……っ!!」


 再度抱き着かれる。

 良い匂いが鼻腔を擽るし、触れてる箇所はどこもやわっこい。


 加えて人妻に抱きしめられる背徳感が興奮レベルを+1。


 全力で役得してる感じ。


 しかし、個人的には松本さんには笑顔でいて欲しい。彼女が泣いているのは腕が失くなった事より悲しいことなのだ。


 慰めようと背中に手を回そうとして——コンコン、と病室の戸がノックされた。


「少し待ってください!」


 ノックの主に断りを入れてから松本さんを離し、涙を拭かせる。

 さすがに女性が泣いているところに他者を入れるほど、俺も無粋ではない。


 松本さんが「もう大丈夫」というのを待ってから扉の外へ「どうぞ」と返す。


 そうして現れたのは、これまた見覚えのある顔。


「せんぱい!」


 といっていつもの無表情を浮かべながら駆け寄って来る七規。

 彼女の後ろでは申し訳なさそうな顔をしたおじい様の姿も。


「せんぱい……っ、よかった。目が覚めて」


「心配かけたな。でも、俺はこの通り無事だよ。五体満足とはいかなかったが」


「……左手、痛い?」


「痛くはないけど、変な感じだな。俺は右利きだし、最悪は防げたかなーて感じ。まぁ、これ一本で三船町のみんな守れたってんなら良かったよ」


 ほんとは不安だけどね。

 さすがに腕一本はでかいよ。

 いくら義手が作れるとは言え、元通りとはいかない。


 でも、そんな不安を彼女に見せる必要はない。


 そう思って笑顔を返したのだが——七規が胸に飛び込んできた。


「げふっ。ど、どうした?」


「……私が、支えるからね。先輩」


 いつもの軽い口調ではなく、真剣な声色で放たれた告白に、どう返したものかと頭を捻る。


 病室を見回すと、苦笑を浮かべる松本さんと、優しい目で孫を見つめるお爺様の姿が。


「……あー、まぁ、そうだな。困ったことがあれば、その時は七規を頼るよ」


「そう言うことじゃない。結婚して」


 わお。

 これまたド直球。

 照れちゃうねぇ~。


「七規の気持ちは嬉しいけど、俺にはまだそれを受け入れる度量がない。兎にも角にも、もう少し落ち着いてから、二人で話をしないか?」


「……ん、わかった」


 今大変な時期というのは七規も理解しているのか、素直にうなずいて離れる。


 代わりにベッドの傍まで近付いてきたのは、これまで無言を貫いていたおじい様。


「相馬くん。まずはキミに感謝を」


「いえ、そんな。当然のことをしたまでです。それに……感謝したいのはこちらの方です」


「というと?」


「例のあれが無ければ、正直死んでいたでしょう。今こうして自分が皆さんとお話しできているのは、あれがあったおかげです。なので……ありがとうございました」


 あれ、とは魔質増強剤のことである。

 あの違法薬物が無ければ、俺は早い段階で死に絶えていただろう。


 そして俺が死んでいれば、三船町もただでは済まなかった。


 そう思うと、彼もまた町を守った立役者ということだ。


「お役に立てたのなら、これ以上嬉しいことはありません。それで……お身体の方は?」


 ここで聞いて来るということは魔質増強剤の副作用に関してだろう。


 はっきり言って何もない。


 副作用も確実に起きるのではないのか、それとも大量出血で薬物もその大半が体外へ流れ出たのかは分からないが。


 お医者さんから何も言われないあたり、使ったのもバレていないと思う。


 一方、魔力量は上昇している気がしていた。

 試しては無いが魔法操作技術も上昇しているのを感じる。


 ただ、これに関してはあの身体が真っ黒になった現象のせいかもしれないが。

 結局、あれって何だったんだろ?


「おそらく問題はないかと。あくまでも現状、ですが」


「それは良かった。もし何かあれば遠慮なくご相談ください。お身体の方も、そして義手の方も、入用になるようでしたらこちらで費用を肩代わりさせていただきますので」


「そんな……っ!」


 流石に悪いと断ろうとするが、おじい様はわざと無視して話題を変える。


「あぁ、それと。相馬くんが倒したモンスターの魔石は三船町のみんなで回収して、現在我が家の倉庫にて厳重に保管しております。個数に関しては既にそこの彼女に手伝ってもらってギルドに報告してますが、落ち着いたら改めて確認の程、お願いしますね」


 松本さんをちらりと見てから語るおじい様。


「それはそれは……わざわざありがとうございます」


「いえ、このぐらい……」


 おじい様は俺の左腕に視線を向けてから目を伏せ、しかし話題に上げることはせずに小さく息を吐く。


「それでは相馬くん。我々はこれで」


 そうこうして、七規とおじい様は病室を去って行った。


 七規に関してはもっと居たいと言っていたが、病人に無理をさせるべきではないと、おじい様に連れていかれた形だ。


 必然、病室に残されたのは俺と松本さんの二人。


「そう言えば、これ。相馬くんのでしょ? 相馬くんが倒れてたとこの近くに落ちてたの」


 差し出されたのは、おぉ! マイスマートフォン!


 戦闘が始まる前に放り投げて以降気にしてなかったけど、よく無事だったな。


 電源を押してみるがバッテリー不足の表示。


 あとでナースコールして持って来てもらうとしよう。充電器ぐらい貸し出してくれるだろう。


「ありがとうございます! これで入院中の暇つぶしが出来ますよ!」


「もう……スマホばっか見てたら視力悪くなるわよ? っと、そろそろ私も帰るわね」


「え~、もっとお話ししましょうよ~」


「ごめんね、相馬くんが目覚めたって聞いて仕事放り出してきちゃったから……また時間作って会いに来るから」


「それは仕方ありませんね。ぜひ楽しみにしています」


 「それじゃ」と言って病室を後にする松本さん。

 彼女を見送り、枕に頭を預ける。


「……そうだ。忘れないうちに充電器持って来てもらわないと」


 俺はナースコールのボタンを押そうとして、コンコンと本日三度目のノック。

 誰だろう。


 目が覚めてすぐに会いに来てくれそうな人と言えば、あとは霜月さんあたりだろうか?


「はーい」


 返事をすると、扉が開かれ——ひと組の男女が姿を見せた。


 瞬間、目頭が熱くなる。

 これまで堪えていたものが全部決壊するように、ボロボロと涙が頬を伝い、ベッドのシーツにシミを作る。


「……ぁ、ぁあっ」


 声を上げて泣く俺に、二人は近付いて——優しく抱きしめてくれた。


「創、よく頑張ったな」


「本当に、本当に生きて帰ってきてくれてありがとう……っ」


 優しい言葉に、俺はまるで幼い子供の様に縋りつく。


「父さん、母さん……っ」


 ダンジョンを攻略した際、俺はモノクルの男によって失われていた記憶を取り戻した。


 それは戦闘中のことだけではなく——それより以前の物も、すべて。


 そう、失われていた両親の記憶を、俺は思い出していたのだ。


(あぁ……これがダンジョンを完全攻略した者に与えられる褒美だというのなら、まさしくこれ以上の祝福はあり得ない)


 心の底から、そう思うのだった。

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