ep26 孤軍奮闘
襲い掛かってくる絶望に、俺はサファイアを掲げた。
まずは雑魚から処理する。
軍勢は最前線にナイトメア・ゴブリンとナイトメア・オーク。
その奥にジェネラルやキング、ロードが控えている。
目視で確認できないが、転移魔法陣が存在していることからどこかにゴブリンシャーマンも居るだろうが、生憎と気にしている余裕はない。
第一陣として襲い掛かって来たのは、約二百五十体のナイトメア・ゴブリンと、約百二十体のナイトメア・オーク。
魔力をサファイアに流し込み、最初から最大火力をぶつける。
「——消し飛べッ」
ガン――ッ、と重低音が響き、青白い閃光がゴブリンの軍勢に直撃。
砂煙が舞い上がり——爛々と目を輝かせたゴブリンたちが煙の中を突っ切ってくる。
(直撃以外はダメージもないのかよッ!)
弾丸が直撃したゴブリンは即死。
または四肢が吹き飛ぶ重症を負った模様。
だが、それ以外はピンピンしている。
ふざけろ。
通常種なら余波だけで消し飛ぶ威力だぞ!?
そうこうしている内に漆黒のゴブリンが間近に迫り、攻撃を仕掛けてくる。
近距離に迫ったゴブリンにサファイアを乱射。二発、三発、四発、五発、六発——。
リロードのわずかな隙はアイススピアを周囲に展開して牽制。
カートリッジを入れ替えると、再度照準をゴブリンに合わせ――右から殺気。
即座にバックステップを踏むと、先ほどまで頭があった場所にナイトメア・オークの顎が通過した。反応が遅れていたら即死である。
俺は生唾を飲み込み、サファイアで近付いてきたオークの頭を撃ち抜く。
乱戦という事もあり回避しきれずに、オークは絶命。
だがオークに気を割き過ぎた間隙を狙い、ゴブリンの集団が襲い来る。
サファイアでは間に合わない。
「——ならっ」
俺はサファイアを上空へと放り投げると『インフェルノ』を発動。
ちりっ、と指先から火の手が上がり、それはやがて周囲一帯を焦土と化す爆発を引き起こす。
摂氏数千度の爆発により、先ほど着替えたばかりの服は一瞬で灰に。
フルチンモードとなった俺の視界に映ったのは——僅かばかりに数を減らしたゴブリンの軍勢。
「嘘だろ……っ」
二十体は殺せただろうか。
だが、それだけ。
魔法発動後の隙をついてナイトメア・ゴブリンが目にも止まらぬ速さで襲い来る――が、そこに丁度落ちてきたサファイアを手にして銃撃。
ゴブリンを肉塊に変える。
並行して全身に魔力を流し、身体強化。
基本はサファイアで迎撃し、リロード中は魔法で牽制、近付かれたら魔速型の速さを用いて迎撃or回避。正直、物量で押されたらひとたまりもないが、インフェルノを警戒してかその動きはない。
……何とか、堪えている。
が、それも長くは続かないだろう。
理由は単純。
魔力が尽きるから。
サファイアは一発につき極大魔法に相当する魔力を消費する。
アイススピアも、中級魔法ではあるが広範囲にそれなりの威力で生成しようと思えば、消費魔力は多い。
加えて、身体強化を解くことも出来ない。
必然、今まで経験したことのない速度で魔力がなくなっていくのが分かる。
それ即ち、死のカウントダウン。
魔力がなくなれば俺は死ぬ。
なすすべなく。
無慈悲に。
肉塊となる。
だが、節約も出来ない。
どれか一つでもやめれば、その瞬間ゴブリンの物量により押しつぶされる。
故に、じり貧。
加えて、今襲い掛かってきているのは雑魚。
まだゴブリンジェネラルの一匹すら動いていない。
嗚呼……怖い。
「っ、しまっ——がっ!」
恐怖で身がすくんだ瞬間、ゴブリンの攻撃が顔面に直撃した。
小さな拳から放たれる一撃は、されど通常種とは比べ物にならない。
足が浮き、勢いよく吹き飛ばされる。
歯が数本折れ、頬骨が砕けた。
首が折れなかったのは身体強化のおかげだろう。
俺はすぐさま体勢を立て直し——足元にリュックを見つけた。
中には、黒いケース。
『魔質増強剤』——使用すると一時的に魔力と魔法の威力が上昇するが、酷い副作用があり、最悪の場合死に至るドーピング剤。
「……」
躊躇はなかった。
俺は氷属性極大魔法『アイスエイジ』を展開して数秒の時間を稼ぐと、注射針を腕に突き刺し、中の溶液を注入。続いてもう一本も注射——したところで、壁が破られた。
迫りくるゴブリンにサファイアを構えようとして、ドクンと心臓が強く脈動。
痛みすら覚える鼓動に照準が定まらず、仕方がないので力任せにアイススピアを周囲に展開した。
するとそれは——。
『GYAGAGAAAAAAAAAAA————ッ!!』
迫りくるナイトメア・ゴブリンを易々と貫いた。
いや、それだけじゃない。
発生速度から威力、精密さまで、今まで感じたことのない精度で魔法を扱える。
「……あ、ははっ」
思わず笑みがこぼれる。
すごい。
流石、違法薬物。
俺はサファイアを手にしつつ、高速で移動。
身体強化の魔法まで上昇しているらしい。
移動の邪魔になるゴブリンはそのまま蹴り殺し、殺戮していく。
行ける。
倒せる。
殺せる。
喉がイガイガするが、問題ない。
視界がぐらぐらするが、許容範囲だ。
ジリジリと魔力回路が焼けているが、今さえ持てばいい。
俺は高速で移動しながら強化された魔法を乱射。
移動先を読んで防御不可能の噛みつき攻撃を仕掛けてくるナイトメア・オークは、サファイアでその口ごと吹き飛ばす。
素晴らしい。
「最高だァ! ……ぁ?」
ふと、流れてきた汗を拭うと、ぬるっとしたものが手に着いた。
なんだろうと見やれば、それは大量の血。
鼻血か。
どこかにぶつけたか。
それとも薬の副作用か。
……どうでもいい。
俺は唇をぺろりと舐めて、ナイトメア・ゴブリンに襲い掛かる。
最初二百五十体体いたゴブリンは徐々に数を減らし、今では百匹ほど。
ナイトメア・オークも残り半分ほどである。
「ハッ――」
俺はこのまま押し切ろうとして――寸前、巨大なバスターソードが視界を埋め尽くした。
「——ッ」
間一髪首をかしげて避けたが左耳を切断された。
なんだと思い剣の主を見やれば、そこにはナイトメア・ゴブリンジェネラルの姿。
各々が武装し、ゴブリンよりも二回りは大きい巨体が——約百体。
「……」
考えるな。
何も、何一つ状況を理解するな。
考えれば怖くなる。
孤独、恐怖、絶望が足をつかんで離さなくなる。
だから、考えるな。
やるべきことは一つ。
命ある限り、目の前の絶望に抗うだけだ。
―――――
『よし、それじゃあそろそろ八十五階層に行くか』
:待ってました!
:wktk
:これのために今日は有休をとったんや
:て言っても、別になんも変わらんやろ。ダンジョンなんてどこも一緒
:雫ちゃんこっち見てー
:レイジ様かっこいい!!
『はいはい、どうも、ありがとね~』
レイジはコメントに目を通しつつ適当に返事。
カメラをパーティーメンバーの一人に手渡すと、剣を抜いて八十五階層へと続く階段を下りながら話す。
『いや、俺もダンジョンなんてどの階層も同じだって思ってたんだけど……ここは違うみたいでさ。……この前来た時にちらっと覗いたんだが……見て驚くなかれ!』
そこにあったのは、巨大な神殿だった。
:ふぁ!?
:何ですかこれは!?
:!?
:しゅげ~
:でっか
:What!?
:!?
白い石柱が立ち並び、地面は大理石。
周辺には魔光石が輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
『結構探索者やってるけど、流石に始めて見るから是非みんなにもと思ってな。……にしてもでっけー柱。落書きしていい?』
『ダメに決まってるでしょ』
『雫はお堅いなぁ、流石俺の女』
『違うから』
『うぇ~い、相合傘書いてやろ~』
『ちょ、ほんと恥ずかしいから』
:落書き草
:観光地に来た中学生かよ
:雫たん声もきゃわいい
:けんかっぷる
:いちゃいちゃすな
『おい、二人とも。——来たぞ』
米山の声を受け、レイジと雫の表情から余裕が消え、真剣なものになる。
そして三人が見つめる先、宙を浮く甲冑が現れた。背中からは羽が生え、手には槍。
『エンジェル・ナイトか』
『……っ、この数は』
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる米山と雫。
エンジェル・ナイト。
魔法耐性、物理耐性が高い上に、強力な魔法を連射するSランク指定のモンスターである。
それが、見渡す限りザっと十体。
四方から囲むように出現したのだ。
:やばっ
:こんな数大丈夫なの!?
:ワンチャン撤退?
コメント欄に不安が走る中、レイジの快活な声が響く。
『落ち着けお前ら。いつも通りやれば問題ない。——行くぞッ』
『『『おう!!』』』
レイジの声に呼応するように仲間が叫び、戦闘が開始された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます