ep25 遺言

『——と、これで配信出来てる?』


:待機

:待機

:きた?

:きちゃー!

:レイジレイジレイジレイジレイジ!!


 流れるコメントを見て、レイジは相貌を崩した。


『よし、んじゃはじめるぜーっと……ちょいまち——せいっ!』


:!?

:やべぇえ!!

:ゴーレムワンパンきもちぇええ!!


『まぁ、これぐらいはな。っと、前置きはこれぐらいにして、とりま今いるのは『渋谷ダンジョン』の八十四階層。八十五階層まではパーティーメンバーに任せて俺は専属カメラマンやりまーす』


 そうして映し出されるのは九人の探索者。

 レイジ含め十人のパーティーである。

 通常、ダンジョン攻略は人が多ければ多い程安全度は増すが、レイジの場合少数精鋭の方式を取っていた。


 と言うのも、彼のパーティーに居るのは七人がBランク探索者で、残り二人がAランク。


 つまり、レイジ含め三人のAランク探索者が在籍しているのだ。


:おっ、最近Aランクになった米山さんやん

:今日もガチムチが輝いてるぜ

:前線で戦ってるの雫ちゃん?

:Aランクの花! 時雨雫ちゃん!

:まっちょよりおにゃのこ映せ!

:雫ちゃんすこここ


『ダメダメ、雫は俺のだから』


:許せん

:でもレイジだし……

:仕方ない、任せよう(後方腕組父親面)

:なお雫ちゃんは否定してる模様

:あれは照れ隠しやろ


『っと、倒したみたい。んじゃ、メンバーにそれぞれ一言貰ってから八十五階層突入しまーす』


:wktk

:つか冷静に考えて、この階層で配信ってギネス記録じゃね?

:最強!最強!

:日本で今一番熱いのはここだな

:世界トレンド一位きちゃ! Sランク三人も反応してるし、同接もヤバいことなって来た!

:同接九十七万人草 英語分かんねぇ~


『マジじゃん。ハロー、よろしくね~』


 レイジの配信は大いに盛り上がりを見せていた。



  §



 全身が震えていた。

 恐怖だ。

 純然たる、恐怖。


 俺は孤独の中、絶望に震えていた。


「……やぁ」


 そんな中、ふと一人の男・・・・がゴブリンたちの合間を縫って、姿を現した。


「……は?」


 それはどこからどう見ても人間の男だった。

 金髪を揺らし、右目にモノクルを掛けた男はこちらをまっすぐに見つめ——口を開く。


「初めましてだね、三船の守護者」


「……なっ、言葉を話すだと!?」


 人型のモンスターかと思えば、モノクルの男は悠然と語る。


「驚くのも無理はないね。でも、驚いてばかりいられても困るかな。まぁいい。兎にも角にもキミは凄いね。先遣隊とは言え、たった一人で亜獣の国——あぁ、ボクたちから町を守るなんてね。先日の彼も、そして先程の彼らも、優秀な戦士だったというのに」


 ぱちぱちと拍手して見せる男。


 俺の頭はすっかりショートしていた。

 ただでさえ馬鹿だというのに、こんなの想定外にもほどがある。


 意味が分からないし、今すぐ家に帰って霜月さんのお料理に舌鼓を打ちたいが、逃げ出すわけにもいかない。


(言葉を操れるなら……一か八か)


「えっと、貴方は何者なのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ダメだね」


 取り付く島もない。


「……なら、この状況を説明していただくことは、可能でしょうか?」


「あぁ、そっちなら構わないよ。と言っても難しいことなど何もないのだけど。……この状況を説明するのなら、褒美だね」


「褒美?」


「そう。ボク達はこれからダンジョンの外へと行き、キミたち全人類を皆殺しにする。けれどそれじゃあ一人で戦ってきたキミが可哀想だ。だから、チャンスを与えることにした。それがこの状況。奇襲じゃなくて守護者たるキミにチャンスを与える——これこそが褒美・・だ」


「……つまり、この場で本気を出して戦え、と?」


「その通り。無辜の民を虐殺される前に、止める機会を与えたのさ」


 何が止める機会だ。

 目の前の勢力差。

 勝てるわけが無い。


 俺は生唾を飲み込んで、乾いた唇を動かす。


「……意思疎通が可能な様なので、無理を承知でお願いしたいのですが……退いていただくことは可能でしょうか?」


「承知しているなら遠慮なく答えるけれど、それは無理だ。先程ボクは褒美と言ったけれど、それ以前にこれは試練・・でもあるのだから」


 試練?


「それは、人類に対する試練でしょうか?」


「いいや」


 男は首を横に振り、告げた。


「——三船の守護者、相馬創に対する試練だ」


 ……マジか。

 なんで?

 意味わかんない。


 ちらっと男の様子を伺う。


 ……めっちゃ殺る気じゃん。

 周りのナイトメア種も殺意剥き出しじゃん。


 え、マジ?

 マジなの?


 絶対死ぬんだけど。


「……あの、試練を受ける前に、一つお願いしてもいいですか?」


「そうだねぇ……うん、いいよ。理不尽なことをしている自覚はあるし、キミの願いの一つぐらい聞いてあげるのが筋というものだろう」


「ありがとうございます。じゃあ——電話していいですか?」


「誰に……と聞きたいところだけど、いいよ」


 俺はスマホを取り出し、電話をかける。

 数度のコールの後、聞きなれた声が耳朶を打つ。


『もしもし相馬くん!? 電話なんて珍しいけど何かあったの!?』


 心配気なそれは松本さんの声。


 ……あ、どうしよ。

 泣きそう。


 でも、泣いちゃだめ。

 俺は一度深呼吸してから口を開く。


「いや、その、少しまずい状況でして……ちょっともう帰れそうにないんで、今から言うことを忘れないでください」


 俺は震えそうになる声を必死に抑える。


『……え? なに言って——』


「まずギルド本部に通報して援軍を要請してください。敵はナイトメア・ゴブリンロードをはじめとした大群で、生半可な探索者じゃ対処できません。できれば俺の貯金全部使っていいんでSランク探索者を全員集めて——」


『ま、待って待って待って!!』


「頑張って時間を稼いではみますが……これ、一時間持つかなぁ? とりあえず、その間に三船町と周辺地域に避難指示を——」


『やだ、やだやだやだ!! なに言って、だって、そんな、そんなのまるで——』


「はい、遺言です」


『……っ』


 息を飲む音が聞こえる。


「正直、こうして今話せているのは奇跡みたいなものなんです。それくらい、ちょっと……ははっ、どうしようもない感じです」


 思わず笑いが漏れた。

 なんだよこれ。

 感情がぐちゃぐちゃだ。


『逃げれないの?』


「逃げたらたぶん、即デスパレードですね」


 敵は転移魔法陣を使う。

 俺がこの場を離れた時点で一階層に転移し、町へと溢れ出るのは目に見えている。


『……』


「とりあえず、対応はさっき言った感じで。まぁギルドの上に話せばやってくれると思います。あ、あと俺の遺言書は両親に——」


『……お願い。逃げて』


「……っ」


 切実な声に、頷きたくなる気持ちが溢れる。


 逃げたい。

 死にたくない。

 生きたい。

 生きて居たい。


 こんなところで、一人ぼっちで死ぬのなんか絶対に嫌だ。


 俺はヒーローじゃない。

 ただの高校生だ。


 正直今にも泣きだしそうだし、漏らしそう。

 こんな理不尽、ふざけるなと神様に罵声を浴びせてやりたい。


 でも、逃げれない。

 この場で生きねばならない。

 生きて、あがいて。

 時間を稼いで死なねばならない。


 俺はただの高校生だしヒーローじゃないけれど、俺をヒーローだと『三船の守護者』だと言って感謝してくれるみんなを、見殺しには出来ないから。


 だから。


「水瀬にごめんって謝っといてください」


『待って……』


「霜月さんにご飯美味しかったって言っといてください」


『待って……っ』


「幸坂さんにはちゃんと彼氏と話をするように言っといてください」


『待って……っ!』


「あとはその他諸々。お世話になった人に、感謝してたと伝えてくれるとありがたいです」


『相馬くんっ!』


 電話口から聞こえる松本さんの声。

 俺は小さく深呼吸してから、告げた。


「……松本さん。いつもありがとうございました」


『……っ、逃げ――!』


 ブツンと電話を切る。

 これ以上話していると、声が震えてきそうだったから。


「もうよろしいでしょうか?」


「えぇ、お待たせしました。おかげで、伝えたかったことが伝えられて……心置きなく戦えそうですよ」


 本当はもっと言いたいことはあるけれど、長電話を許してくれそうには無い。


 俺は邪魔にならないようスマホを遠くに放って、精々強がって見せる。


「それはよかった」


 男はモノクルを持ち上げ、目を細めた。


 そして……嗚呼、始まってしまう。

 絶望が——死のカウントダウンが聞こえてくる。


 援軍はどれだけ急いでも一時間はかかるだろう。

 何しろここはくそ田舎なのだから。


 唯一近くに住んでいるのは、新人の七規とブランクのある幸坂さんだけ。

 仮に彼女たちが来ても、目の前の絶望を前に一秒と持たないだろう。


 やはり、どれだけ考えても俺が助かる道はない。

 出来るだけ時間を稼いで、みんなを助ける道しか残されていない。


 住んでる場所が田舎すぎて、この場で戦える探索者が俺一人なんだが? なんて、現実逃避染みたことを思う。


 それと同時、モノクルの男は大きく息を吸い込んで——宣言した。


「それでは、これより試練を始めます」


 瞬間、耳をつんざくようなモンスターの咆哮がダンジョンに木霊する。


 身の竦むような殺意に瞳を爛々と輝かせ、漆黒に染められた悪夢ナイトメアの大群が襲い掛かって来た。

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