ep30 祝福
ふわりと浮かぶ相馬創の下に、ゴブリンの軍勢が襲い掛かる。
ジェネラルがバスターソードを振り上げ、キングが拳を握り、ロードが魔法をその身に纏う。
後方ではシャーマンが身体強化魔法で支援。
一糸乱れぬ襲撃は——されど相馬創に当たらない。
先頭に居た数匹は細い氷の柱に触れてしまい、氷漬けに。
それらを搔い潜り数匹のゴブリンキングが懐に潜り込むも……拳が当たる寸前で少年の身体が宙を舞う。
空間内に張り巡らされた氷の柱を自身とつなげ、それを伸縮させることで三次元的な動きを可能としていた。
『『『……LIGHTNING SLASHッ!!』』』
シャーマンたちが光速の魔法を放つが、掠りもしない。
五感はほぼ機能していないだろうにどうやって感知しているのか……と、モノクルの男は観察。
そして周囲に張り巡らされた細い氷柱の他に、青白い炎の糸が揺らめいているのに気がついた。
(なるほど、そこを通る魔力が途切れたのを感知し我々の場所を把握しているのか……イカれてるッ!)
攻撃の当たらない相馬創に、ならばとゴブリンロードが『インフェルノ』を行使。
周囲に張り巡らされた氷の柱ごと焼き殺そうとして——。
「————」
先ほどまでとは比べ物にならない強度のアイスエイジが、相馬創を取り囲む。
インフェルノの直撃を受けても傷一つ付かない氷の障壁。
しかし周辺の細い氷柱や炎の糸はその限りではなかったらしく、相馬創を吊るしていた氷が溶け、肉体は自由落下。
地面に衝突する寸前で、再度細い氷柱が空中に身体を固定する。
『——ッ、GUGAAAAAAッ!!』
その僅かな隙をついてジェネラルが突貫し、バスターソードを振り下ろす。
回避する時間も、アイスエイジを差し込む空間もない完璧なタイミング。
決まった、とモノクルの男が思った瞬間。
——ガキッ! と音を立てて相馬創がバスターソードを受け止めた。
「……んなっ!?」
相馬創の四肢は既に一つもない。
ないはずなのに、モノクルに映った光景は、左腕でバスターソードを受け止める相馬創の姿。
否、それは氷の義手だった。
先程までの拙い義手もどきとは違う。
本物によく似た、氷の義手。
左腕だけではない。
右手も、両足も、顎も。
失われた肉体を補うように、氷の義肢が生み出されていた。
それらは本来の手や足のように自由自在に動かせるらしく――相馬創は受け止めたバスターソードを握り砕くと、右手でジェネラルの顔面を殴り付けた。
首から上が吹き飛び、ジェネラルは即死。
「……ははっ」
その光景に、モノクルの男から乾いた笑みが零れた。
「これが、求めていたものなのか」
つぶやきは誰にも届かない。
相馬創は迫りくる悪夢の軍勢を前に、一歩も引かない。
引く必要などないからだ。
何しろ、今この場所ですべてを支配しているのは彼なのだから。
迫りくるゴブリンジェネラルを、相馬創は右手の義手を大剣に変形させると、一息に薙いで切り殺す。
隙をついてゴブリンキングが襲い掛かるも、いつの間にか再度張り巡らされていた炎の糸により察知され、容易に回避される。
空中で心身を翻し、キングに向けて氷の左腕を伸ばすと、ふと相馬創の胸に焼き付いたサファイアの魔石式機構が青白く輝き——。
「——まさか」
モノクルの男が呟いた瞬間『No3.サファイア』の一撃が射出された。
青白い閃光はオリジナルの『サファイア』を遥かに凌駕した威力で、直撃したゴブリンキングの上半身を蒸発させる。
圧倒的な火力。
そして――連射性。
恐るべき事に、相馬創は青白い閃光を連続で発射。
近くにいたゴブリンキングの頭蓋を打ち砕いていく。
その間、ゴブリンロードはシャーマンから身体強化を何重にも掛けてもらい——音速を超える速度で襲い掛かる。
フェイントにフェイントを重ね、慎重に慎重を期して、十九体のナイトメア・ゴブリンロードは一糸乱れぬ動きで突撃し——。
「——
チリッ、と相馬創の身体から火の手が上がった。かと思えば、世界が真っ白に染め上げられ——ダンジョンごと吹き飛ばしてしまうのではないかと錯覚するほどの爆発が起きる。
モノクルの男は咄嗟に最初に氷漬けにされたゴブリンロードの陰に隠れ、熱から身を守るように自身の周囲に氷魔法を展開。
耳と目を塞ぎ、肺の空気を吐き出して息を止める。爆風の圧力で、身体が破裂しないように。
やがて爆発の閃光が収まったころ、モノクルの男は恐る恐る立ち上がって、周囲を確認。
すると……そこに立っていたのは相馬創ただ一人であった。
襲い掛かったゴブリンロードも、後方で支援に徹していたシャーマンもどこにも居ない。
その代わり、ダンジョンの壁面には吹き飛ばされた紫色の巨大な魔石がいくつも突き刺さり、キラキラと輝いていた。
ふと自分が身を隠した氷漬けのゴブリンロードを見やる。
氷は半分ほどが解けていた。
つまるところ、今のインフェルノを耐えられたのは相馬創が作り出した氷だけだったということ。
「……なんて威力だ」
思わずつぶやいた男の頬を冷汗が伝う。
次第に熔解していた地面が固まり、消し飛ばされていた空気が戻り始める。
そんな中、モノクルの男は相馬創に向かって一歩踏み出した。
相馬創は正確に反応し、右手を細長い剣に変形させる。
「待ってくれ、もうボクに戦う意思はないよ」
敵意を下げて、殺意を消して。
親愛を抱いて言葉を掛ける。
すると、相馬創はその切っ先を下ろして見せた。
(どこまでも、キミは守るためだけに戦うのか)
モノクルの男は語る。
「いやはや、この結果は予想だにしなかった。ボクは数年かけて
一人語ったモノクルの男は、おもむろに苦笑を溢す。
(嗚呼、何故試練などという物を与えてしまったのか……。いや、答えは出ている。きっと、我々は彼に自分たちを重ねてしまったのだろうな)
ちらりと視線を向けた先で、フッ――と相馬創の魔法が解かれる。
ただでさえ瀕死の状態だったというのに、連続する魔法の使用。
生物としての限界である。
義手も義足も失い、肌も漆黒から元の色に戻る。
支えを失い地面に落下する寸前、モノクルの男が駆け寄り優しく抱えた。
「……ははっ、まぁこれくらいは大目に見ようじゃないか。それでもキミは充分に試練に挑み、そして
モノクルの男は笑みを浮かべると、右手に氷の短剣を生成。
相馬創をまっすぐに見つめて――宣言した。
「つまりはキミの勝ちだ! おめでとう!」
祝福を口にして、モノクルの男は
――瞬間、どこからともなく『鐘の音』が響く。
安らかに、そして心を震わせる静かな音色。
それはダンジョンに、
——否、三船町に、
——否、日本中に、
——否、世界中に、
ゆっくりと優しく響き渡る。
全人類が、その鐘の音を耳にする。
長い歴史上、四度目の鐘の音。
それは、ダンジョンが完全攻略されたことを祝福する鐘の音だった。
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