ep15 病室

「イヤぁぁああ!! 相馬くんッ!!」


 ギルドに帰ってくると松本さんの悲鳴に出迎えられた。

 というか、いつの間に帰って来たんだ?

 弁当を食べた後の記憶が曖昧だ。


「ただいまです」


「ただいまじゃないわよ! は、早く救急車! それとヒーラーの手配も――」


「そ、そんなに急がなくても」


「ダメよ! 気付いてないの!? 相馬くんのお腹、見たこともない色になってるのよ!?」


「え? 服も捲ってないのになんで腹の色なんか……あぇ?」


 裸だ。

 なんで?

 そう言えば『インフェルノ』を使ったんだっけ?


 いかん。

 思考回路がめちゃくちゃだ。

 上手く考えられない。


「相馬くん!?」


「わ! 松本さんがいきなり大きくなった!」


「……っ! 早く救急車を!!」


 あえ?

 松本さんが大きいんじゃなくて、俺が尻もちを着いたのか。

 足に力が入らねぇ〜。


 うっ……やば。

 なんか吐きそう。


 げろげろ。


 わひゃ〜、真っ赤。

 あ、どうしよう。

 霜月さんのお弁当吐いちゃった。


「霜月、さん。……ご、ごめん、なさい」


「——はい、はい。早く来てください! って相馬くん!? 相馬くん、しっかりして!!」


 焦る松本さんの顔を最後に俺の意識は吹き飛んだ。



 §



 目が覚めると病室だった。

 見覚えがある。

 近所でいちばん大きな病院だ。


 三年前。

 まだ新米だった頃に何度か軽傷を治しに来たことがある。


「……うーむ、こういうのって誰か付きっきりで看病してくれていたとかそう言うのじゃない? 具体的には松本さん」


 部屋に備え付けのテレビを付けるとオーク討伐の翌日の昼だった。


 ぼけーっとテレビを見て、バラエティで笑っていると病室の扉がノック。


 ようやくお見舞い人が来たかと待ち構えると、現れたのは青みがかった黒髪の女性。


 白衣を身にまとい、眼鏡をかけた彼女は俺を見つめて大きくため息をついた。


「あのなぁ、キミ。目が覚めたんならナースコールぐらい押せ」


「あ、その手があったか」


「まったく……だが、まぁいい。それで、身体の具合はどうだい?」


「痛みは無いです」


「そりゃよかった。私に感謝するといい」


「え?」


「キミの怪我を光魔法で直したのは私だ。かなり危なかったんだからな」


 光魔法は回復を専門に扱う属性である。


「そうなんですか。ありがとうございます」


「……キミ、自分がどれだけ危なかったのか自覚してないのかい?」


「そりゃすぐ気絶しましたから」


 白衣の女性は大きく溜息をつき、カルテを手にして答え始める。


「骨折二十四箇所、打撲五十六箇所、内臓破裂で腸はミキサー掛けたみたいにぐちゃぐちゃになっていた。生きてたのが奇跡だな。というか普通は死んでる」


「……ま、マジすか」


「マジもおおマジ。腸に関しては一回中身全部取り出して光魔法で再生させたくらいだ。良かったな、私のような優秀な光魔法の使い手がいて」


「いや、ホントですね。ありがとうございます」


 先程よりも深深と頭を下げさせて頂く。


 基本的に魔法を使える人はダンジョン探索者になる。

 しかし、光魔法に関しては別だ。

 光魔法は回復魔法。


 よって、病院から高額で雇われるのだ。

 わざわざ危険を冒して探索者にならずとも食いっぱぐれることの無い存在。

 それが光魔法。


 もちろん、探索者になる変わり者もいるが。


 基本的には目の前の彼女のように病院に務めることが多い。


「そうだ、お名前聞いてもよろしいですか?」


「あぁ、そう言えば言ってなかったな。私は友部。二十九歳のピチピチヒーラーだ。よろしく」


 そう言ってカルテを持つ彼女の左手薬指にはきらりと輝く指輪が嵌められていた。


 人妻とのエンカウント率バグってるだろ。



  §



 友部さんとだらだらお話した後、主治医の先生に診察して貰う。

 特に問題はないらしい。


「なんて回復力……化け物か君は」


「ひどーい」


 でもAランク探索者なんてそんなものだ。

 ドン引きされつつも明日は様子見、明後日退院との事。


「それじゃあお大事に」


 友部さんと主治医の先生が帰るのと入れ違いに見慣れた人妻が病室に姿を見せた。


 目元に涙を浮かべていた彼女は、しかし俺の姿を見るとパァーっと笑みを浮かべて駆け寄ってくる。


 俺は受け止められるように両手を広げ――。


「良かった! 相馬くん!」


「……松本さん。そこは胸に飛び込んできて下さいよ」


「嗚呼、どうしよう! 頭がまだ壊れたままなんて……っ!」


「扱いが雑くないですか!?」


「当たり前よ! ……っとに、もう。ホントに、もう血の気が引いたんだから」


 明るい雰囲気から一転。

 唇を噛み締める松本さん。


「……すみません。でも、松本さんのおかげで助かりました。ありがとうございます」


「んーん、私は何も。でも、ホントに良かった」


 お礼を述べると、松本さんは優しい笑みを浮かべる。

 しかし、目尻には僅かに涙が溜まっており――。


 俺は慰めようと彼女の頭に手を伸ばし……いや、人妻にそれはやり過ぎかと躊躇。


「そこは慰めてよ」


「デレた!? ならお言葉に甘えて……」


「もうダメ。下心を感じた」


「くそ、思春期男子の性欲が憎い!」


 そんな感じで松本さんとイチャイチャ(確信)していると、病院の扉がノック。


 くすんだ金髪の女性が顔を見せた。


「やっほ、主さま〜。目が覚めたって連絡来て急いで駆けつけたぜ〜」


「霜月さん!」


「おっ、予想より元気そうだな。そっちの人は……お姉ちゃん?」


「そこは彼女? って聞いてくださいよ」


「あ、ギルド職員の松本です」


「こりゃあご丁寧に。相馬くんに世話係として雇われてる霜月だ。よろしくな」


「二人揃って無視とか酷くな~い?」


 俺を無視して話に花を咲かせる二人。

 互いに互いのことを探り合うように見つめ合っている。


「ホントに霜月さんはただの世話係なんですか?」


「たり前だろ? いくら金持ってようと高校生と不倫なんざしねぇよ。そっちこそ、えらく仲良さそうじゃねぇか」


「当然です。この町唯一のギルド職員と探索者ですからね。……あっ、最近もう一人新人ちゃんが入りましたが」


「ふーん、ならいいや」


 バチバチと二人の視線の間に火花が見える。

 あれ、結構険悪な感じ?


「えっと、二人とも良い方ですよ」


「……分かってるわよ。相馬くん」


「だな。子供が変な気を遣うな。ただあたし的に、子供にこんな危ない仕事回すなよって思っただけだ。こんな大怪我するなら行かせなかったのに……」


「ですよねぇー」


 全くその通りと頷く松本さん。

 意外な反応だったのか霜月さんは困惑した顔で俺に問うてきた。


「どゆこと?」


「いや、松本さんと一緒に何回も上に掛け合ってるんですが、人員を補充して貰えなくて」


「現状回ってるなら大丈夫と思われているらしく……不甲斐ないばかりです」


「うへぇ、ブラック企業」


 困惑から一転、哀れみの目を向けてくる霜月さん。

 そんな彼女に松本さんは「でも」と明るい声で切り出す。


「でも、今回の件で上も考え直すかも知れません。という訳で相馬くん! 報告書作成のためにダンジョンで何があったか聞いてもいい?」


「起き抜けで大丈夫なのか?」


「俺は大丈夫ですよ。それにやること無くて暇でしたし。……あっ、そうだ霜月さん」


「あん? どした? 入院中の部屋の掃除ならやっとくぜ? それとも国語辞典に挟まってたエロ本には触るなってか?」


「いやそうじゃなくて、それもですけど……その、すみません。実は作って貰ったお弁当吐いちゃって……今度、また作ってくれませんか?」


 他人が作った料理を吐き出すなど論外。

 謝罪し、図々しいお願いをする俺に、しかし彼女は一瞬ぽかんとした後、くつくつと喉を鳴らして笑った。


「……あぁ、また作ってやるよ。次は吐くなよ?」


「はい! ありがとうございます!」


「おう」


 ぐしゃぐしゃと俺の髪を乱雑に撫でてから、霜月さんは病室を後にした。


「なんか、かっこいい人だね」


「うん、めちゃくちゃかっこいい」


 憧れちゃうね。

 俺もあんな大人になりたいものである。

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