ep5 ヤケ酒!
『レイジ』――本名、雲龍怜司。
彼を知らない人はこの日本に存在しない。
日本に僅か十人しかいないAランク探索者の中でも特出した戦闘力を有し、世界で四人目のSランク探索者に選ばれるのでは、と噂される男である。
そこらの俳優やモデルより数倍優れた容姿に加えて、親は大企業の社長。
年収億越えの、超人である。
そんな彼はポカンと口を開けて尻もちを着いているのの猫に、爽やかな笑みを浮かべて手を差し伸べた。
『大丈夫か?』
『……えっ、ひゃひゃい!』
『そっちのキミも……って、怪我してんのか。なるほどね、んじゃちょっくらアレ片付けるから待っといて』
そう言ってのの猫の頭をぽんぽんと叩いたレイジは大きく跳躍。
ちょうど起き上がってきたロードに腹パン。
転倒したところにラッシュを加えて倒した。
地面に落ちるのは巨大な
「……」
『すご、こんなおっきぃの見たことない……』
『乱入しちゃったお詫びにあげるよ』
『え、そ、そんな! 助けて貰った上にこんな……』
『じゃあ今度ごはんでもどう?』
『え、えぇ――』
ブチッ。
と、俺は配信を切った。
そして立ち尽くす。
「相馬くん?」
「……松本、さん」
「何があったのかは知らないけど、そんな立ちながら泣かなくても……」
そっと背中を撫でてくれる松本さん。
「そうだぜ? それにアンタもかっこよかったって」
「彼氏さん」
肩に手を置いて慰めてくれる大学生のお兄さん。
ずっと隣で俺とのの猫のやり取りを見ていたので大方の事情を察してくれたのだろう。
よく見れば彼女さんもヨシヨシと頭を撫でてくれていた。
……あったけぇ。
その暖かさが心に染みて涙が止まらない。
結局俺は大学生のふたりにも酒を奢り、焼肉屋の店主にも無理を言ってその日は朝まで飲み明かした。
と言っても俺は烏龍茶だが。
これ程早く大人になりたいと思ったことは無い。
大人になってお酒を飲んで、この胸の痛みを忘れてしまいたかった。
「ん、んむぅ……そうまくんは、いい子、いい子」
「っ!?」
夜、大学生カップルが寝落ちしたあと、酔っ払った松本さんが抱きついてきた。
松本さんに異性として見られていないのは分かっているし、この行動もきっと庇護欲からきているのだろう。
しかし柔らかな胸が顔にあたるし、無性にいい匂いがするしでドキドキ。
……もうちょっと子供でもいいかなと思う俺は、多分バカなのだろう。
俺は眠りに就こうとして——っと、忘れるところだった。
懐から日記帳を取り出すと、今日の出来事を書きなぐるのだった。
§
翌朝、松本さんのミニバンに乗せてもらい焼肉屋を後にする。
因みに大学生の二人とは連絡先を交換した。
暇な時に遊びに行こうぜ、と誘われたが果たして俺に暇な時などできるのだろうか?
「あ゛ぁ゛……あたまいたぁ」
「飲み過ぎなんですよ」
「飲ませたの相馬くんだけどね」
「まぁ、それは置いといて」
「なんで勝手に置いちゃうの? ちゃんと整理整頓しようよ。具体的には失恋した相馬くんの愚痴に一晩中付き合った人妻に感謝の言葉とか欲しいな」
「し、失恋なんて……失恋なんてぇ……」
「あぁ、また泣いちゃった。高校生の甘酸っぱい青春舐めてたわ」
うるさい。
泣いてなんかないやい!
これは心の汗なんだい!
……はぁ。
「はぁ」
「……」
「はぁ……」
「……」
「はぁ……あぁ……はぁ……」
「ため息ばっかり鬱陶しいんだけど!?」
「だって勝手に出ちゃうんですもん!」
「別に、助けられたからって
「そりゃ、助けに来たのが余程生理的嫌悪感にまみれた人とかならそうかもしれませんが……相手はあのレイジですよ?」
自分で言うのもアレだが勝てる要素が見当たらない。
唯一あるとすれば、のの猫の初期リスナーであることくらいか。
虚しい。
「でも、逆に考えればいくら人気配信者とはいえレイジの方が相手しないんじゃない? のの猫ちゃんも可愛いけど、もっと美人な女の子とか居るし」
「レイジって、ヤリ〇ンで有名なんですよねぇ」
「……」
これには堪らず松本さんも閉口
俺は続ける。
「アイドルとかグラドルとか、それこそ美少女ダンジョン配信者とホテルに入っていくところをよく週刊誌にすっぱ抜かれてるんですよ」
「で、でもそれならのの猫ちゃんも気をつけるんじゃ……」
松本さんの言葉に俺は首を横に振る。
「ネットの反応じゃ『レイジに抱かれるなら俺が抱かれたい』『おいメス、そこ変われ』『オタクくん嫉妬乙』『レイジは優秀な遺伝子を残してくれてるから』みたいなこと書かれてます」
「で、でも、のの猫ちゃんがそうと決まった訳じゃ――」
「今朝のTwitterのトレンド知ってます?」
俺はスマホを操作し、赤信号で止まったタイミングで彼女に見せた。
1位、レイジ
2位、のの猫
3位、メス顔
4位、恋に落ちる瞬間
5位、初恋はいつ?
「やってらんねー」
「すぐに新しい恋が見つかるわよ」
「三年越しの失恋に、それは無理です」
松本さんはそれ以上何も言わず、頭を撫でてくれた。
泣いた。
§
ギルドに戻ってきた俺は、昨日査定に出した紫色の魔石に関する書類にサイン。
ダンボールに入れて、探索者ギルド本部に送り届けた。
中にそっと『三船ダンジョンの人員を増やして下さい』という手紙を紛れ込ませたのは言うまでもない。
「これで人が増えれば俺にも休日が……!」
「吹っ切れたみたいね」
「まぁ、半分以上空元気ですが」
「そう……あら? これ……」
と、パソコンの画面を見つめて呟く松本さん。
「どうかしましたか?」
「ふっふっふっ……相馬くんに朗報よ!」
にやっと笑みを浮かべた松本さんは、何かの資料をコピーして差し出す。
「なんと明日、新人が来るみたいっ!」
見せられたのはその新人の資料。
「……マジですか」
そこに写っていたのは……半月ほど前、高校の中庭で告白してきた後輩の女子だった。
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