ep13 ナイトメア・オーク
ドラゴンは痛みにわななき、周辺一帯を破壊するように暴れ出す。
俺は一度距離を取って、ドラゴンを観察。
そして、隙を見つけた瞬間に高速で移動し、刃を突き立てていく。
この速度なら鱗も――。
「……っ、やっぱ鱗は貫通しないか」
欠けた氷の剣を修復しながら愚痴る。
ドラゴンの討伐方法。
それを編み出したのは探索者でも何でもない、どこかの生物学者であった。
曰く、ドラゴンには鱗のない部分が存在する、という事らしい。
何でも、魔法も剣も通さない強靭な鱗で全身が覆われていた場合、運動の熱量が体内に籠ってとても生きていけるものではないそうな。
必然、身体のどこかに皮膚が露出している箇所が存在するらしい。
そして、その露出している箇所というのが——腹部。
俺は向上させた身体能力で突貫。
首の下から後ろ足の間にかけて縦に大きく切り裂いた。
再度絶叫を上げたドラゴンは堪らないとばかりに暴れ、両翼を広げると悠然とダンジョン上空を飛んだ。
ジャンプして届かないことはないが、空中では足場もなく容易に返り討ちにされるだろう。
などと考えていると、ドラゴンの口元から炎がちらり。
「……っ、ブレス!」
空から地上に放つつもりらしい。
冗談じゃない。
鉄をも容易に溶かしてしまう灼熱の炎に覆われれば流石に死んでしまう。
俺は氷の剣を破棄すると、身体に回していた魔力を右手に集中させ——。
「極大魔法——アイスエイジ」
ブレスに合わせるように魔法を展開。
自身の周囲に氷の障壁を幾重層にも積み上げた。
その数は十や二十ではなく、優に百を超える。
ダンジョン内の気温が一気に下がり、しかし吹き付けられるブレスにより徐々に溶けていく。
「極大魔法を貫くとか反則だろ……ッ!」
思わず舌打ちを零す。
魔法にはそれぞれ階級が存在する。
初級魔法。
中級魔法。
上級魔法。
そして極大魔法。
基本的に中級を扱えればダンジョン探索者として生きていけると言われる世界で、俺は氷属性ともう一つの属性を極大魔法まで扱えた。
それこそが、俺が日本に十人しかいないAランク探索者である所以。
因みにレイジは全属性の魔法を極大まで扱えたりする。
はっきり言ってチート。
彼が日本のAランク探索者の中で頭一つ抜けていると言われる所以だ。
閑話休題。
現実逃避していると、次第にブレスが落ち着いてきた。
流石に灼熱の炎を吐き出し続けると、肉体に熱がこもるらしい。
当然と言えば当然だが、氷の層は残り三枚だったので割とマジ目に九死に一生を得た感じ。
俺は冷や汗を拭いながら上空を睥睨する。
そこには少しでも身体を冷やそうと滑空するドラゴンの姿。
俺からの攻撃がないと判断して時間稼ぎをしているようだ。
「……そんな時間、与えるわけないのにな。——『アイススピア』」
それは氷属性の中級魔法。
しかしAランク探索者の膨大な魔力で生み出されたそれは馬鹿げた大きさで上空へと延びていき、そのままドラゴン目掛けて攻撃。
『GYA!?』
驚いて回避するが、遅い。
上空まで到達した槍の先端から、更にアイススピアを射出。
ダンジョン上空に、まるで蜘蛛の巣のように氷の槍を張り巡らせる。
そして——、あっという間に逃げ場のなくなったドラゴンは腹部に大量の氷槍を突き刺しながら地面に落下。
しばらく暴れ回ったが、そのまま絶命。
身体がダンジョンに飲み込まれ、小さな紫の魔石がコロンと転がった。
命の危険を覚えたほどの相手であろうと、倒した時はあっけない。
「……さて、次はお前なわけだが」
と、横目に捕らえ続けていた漆黒の豚、ナイトメア・オークに顔を向けようとして——目の前に大口を開けた豚の姿があった。
「——ッ!?」
咄嗟にアイスエイジで障壁を展開。
が、しかし豚はそのまま噛みつき、まるで空間ごともぎ取ったかのように魔法が破壊された。
「マジかよ!?」
一歩、二歩、と下がり魔速型に切り替え。
全身に魔力を張り巡らせる。
氷の剣を生成しながら豚を睥睨。
しかし、次の瞬間。
再度視界一杯に豚の口が広がっていた。
——速すぎだろッ!
何とか全力で右に飛び、回避。
「——ぐっ」
――しきれなかった。
確認すると左手の二の腕が抉られている。
どうやら牙が当たったらしい。
久方ぶりの負傷である。
それに——どうしよう。
想像していたよりもずっと速く、強い。
俺を超える身体能力に加えて、触れると即死の噛みつき攻撃。
「……まだありそうだな。何しろ、ジョン・カーターが左目持っていかれたぐらいだ」
あれはケンタウロスでオークより上位のモンスターであるが、侮る要素にはならない。
どちらにせよ、
オークが俺を見つめる。
真っ赤な瞳がジッと向けられ——来るッ!
コンマ一秒にも満たない一瞬を読み、俺はオークの頭部が飛んでくるであろう位置にアイススピアを設置。
敵の速度を利用して攻撃しようと試みる。
——が、オークは読んでいたように槍を手で破壊すると、丸太のような足で俺の腹部目掛けて蹴りを放ってきた。
「おご……っ」
経験したことのない衝撃と同時に足が地面から浮き、まるでゴムボールの如く身体が遥か後方へと吹き飛ばされる。
地面を何度もバウンドしながらそれでも勢いは収まらずに壁に激突。
頑丈なダンジョンの壁に亀裂が走った。
「ま、じか……っ」
激痛に泣きそうになりながらも身体を確認。
医者じゃないので詳しくは分からないが、おそらく骨が折れているだろう。
内臓も傷ついているのか感じたことの無い気持ち悪さがある。
ダンジョン探索者になってこんな怪我を負うのは初めての経験だった。
でも、戦えないことはない。
正直上半身と下半身がさよならしていてもおかしくなかっただろう。
『魔速型』で身体強化してなかったら、間違いなく死んでた。
俺は食道を逆流してきた液体を吐き出す。
赤黒い血液だった。
こりゃ、早く病院行かないと。
いよいよもってまずいかもしれない。
当然ながら俺は死にたくない。
死ぬ覚悟はしているが、死にたくはない。
松本さんに会えなくなるし、霜月さんのごはんももっと食べたいし、七規にも憧れのせんぱいとしてまだまだ指導しなくてはならない。
それに、俺は童貞だ。
金はたくさんあるのに女遊びも全然していない。
故に、こんなところで死にたくはない。
「……ふぅ」
大きく息を吐くのと同時、オークが接近。
咄嗟に首をひねると、先ほどまで頭があった位置に足が突き刺さっていた。
強靭なダンジョンの壁に、足が突き刺さっている。
当然、隙だらけであるし、引き抜くのにもコンマ数秒のラグがある。
ほぼ、直感だった。
今を逃せば終わる。
「——」
詠唱も無駄だ。
オークを睨みつけた瞬間、俺の身体から黒炎が上がり——大爆発を引き起こした。
火属性極大魔法——『インフェルノ』。
周囲一帯を巻き込み巨大な爆発を引き起こす魔法である。
瞬間最高温度は摂氏数千度まで跳ね上がり、周囲のダンジョンの壁や床も白く溶解してぐつぐつと煮立っていた。
当然衣服はすべて吹き飛びすっぽんぽん。
フルちん煤塗れとなった俺はゆっくりと立ち上がり、周囲に酸素が戻るのを待ってから呼吸しようとして——全身にやけどを負いつつも爛々と目を輝かせるナイトメア・オークの姿を見つけて顔を顰めた。
「……」
流石に絶望しそうなんだが?
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