ep12 ドラゴン討伐

 Aランクモンスター『ドラゴン』種。


 日本での目撃情報は、渋谷ダンジョンだけという珍しいモンスターである。


 巨大な翼に強靱な鱗で全身を覆っており、あらゆる金属を融解させてしまうほどの強烈なブレス攻撃を放つ。


 渋谷ダンジョンに出た個体はレイジのパーティーが倒したと聞いたことがあるけど、魔石が市場に出ていないので真実かどうかは定かでは無い。


「ただ、倒し方は知ってますし……まぁいけるとは思います」


「さすがAランク探索者。でも、気を付けてね」


「分かってますよ。んじゃ、行ってきまーす」


 俺は相棒である『No.3サファイア』の入ったソフトケースと弁当の入ったリュックを担ぎ、ギルドを後にしてダンジョンへ向かった。



  §



 それにしても、ドラゴンなんて珍しい。

 しかも探知機に引っかかるほどの個体である。


 ダンジョン探知機はダンジョン内部の魔力異常を探知する装置だ。


 ダンジョンはその構造上、下層――つまり深く潜れば潜るほど魔力が濃密になる。


 そして、普段の階層に対して異常な魔力量を検知した際に、それを知らせるのが探知機だ。


 要は十階層に五十階層のモンスターが現れたりすると、それはもう盛大に警報を鳴らす。


「今回は四十二階層だったか」


 俺はサファイアを担いでダンジョンを進む。

 現れるモンスターは基本無視。

 面倒な相手だけサファイアで蜂の巣にする。

 余計な体力は使いたくない。


 六発発射したところで俺はサファイアから『カートリッジ』を取り出して交換。


 サファイアの弾は基本的に俺の魔力で自動生成されるが、それでも必要になるものはある。


 それが『カートリッジ』。

 見た目は完全にショットシェルだ。


 要は魔力を弾に変換するのを補助する部品である。


 世界に一丁しかない銃専用の道具ゆえに製造には膨大なコストが要求され、お値段なんと一つ三十万円。


 これで使い捨てである。

 サファイアの製作者であるクリストフ・シュヴァルツコップも最初は本体に組み込みたかったそうだが、何分消耗が激しく、定期交換が必須。


 というわけで使い捨てのカートリッジが生まれたのだ。


 カートリッジ一個につき三発まで弾を生成することが出来て、サファイアは上下二連式のショットガンなので連続で撃てるのは合計六発。


 お値段にすると六十万円。

 吐きそう。


「まぁ、それを差し引いてもこの性能は破格だが」


 などとボヤいていると、目的の階層に到着。

 周囲のモンスターを片っ端から皆殺しにしてクリアリングしていくと……それは居た。


 全長二十メートルは超えるであろう真っ赤な巨躯にギョロりと揺れる黄金の瞳。


 マジか。

 こんなにでかいなんて聞いてないぞ。


 想像以上の大きさを持つドラゴンに、俺は思わず生唾を飲み込む。


 そして、ふと気付く。


 ……あれ・・は何だ?


 よく見るとドラゴンの首には鉄製の輪っかが取り付けられ、そこから一本の鎖が伸びていた。


 鎖の先には――。


「……オーク?」


 通常二十階層〜三十階層に生息する二足歩行の豚である。

 来る道中にも殺したので間違いない。


 しかし目の前のそれは明らかに異質だった。


 通常緑色をしている体表は漆黒に覆われ、赤い瞳が俺を穿つ。


 ……いや、待て。


 黒い特殊個体って、どこかで聞いた事がある。


 あれは確か、アメリカのSランク探索者『ジョン・カーター』のインタビュー記事で、タイトルは……【黒いケンタウロスと遭遇した】。


 内容としては真っ黒なケンタウロスの特殊個体と接敵し、人生で初めて怪我を負わされたというもの。


 それも切り傷や擦り傷なんて生やさしいものでは無く、左目をえぐり取られるという重傷。


 それまでダンジョンで無双していた彼が初めて恐怖を抱き【まるで悪夢だった】と形容したことから付けられた名前は──。


ナイトメア種・・・・・・、だったか? なら、お前は差し詰めナイトメア・オークってとこか……くそ、逃げるかぁ?」


 しかし漆黒のオークと、巨大なレッドドラゴンは俺を見つめている。


 このまま逃げれば後を追われてこの二体が外に出てしまう可能性もある。


 そうなれば、終わり。

 町は蹂躙され、多くの人が死ぬ。


 要するに、ここで俺が倒すか、殺されるか。

 少なくとも出口までの道筋を教えるわけにはいかない。


「まじ最悪。こんな事なら霜月さんの弁当先に食べとくんだった」


 後悔すれどもう遅い。

 レッドドラゴンの咆哮が鳴り響くと同時に、戦闘が開始された。



  §



 まずは小手調べにサファイアを一発。


 と思ったところでドラゴンが大きく羽ばたき、その巨体に似合わない推進力で突っ込んできた。


 とてもではないが受けきれない。

 優先すべきは回避だが、気になるのはナイトメア・オークの動向。


 常に視界の隅に捉えていたナイトメア・オークは、しかし鎖を手放して静観の構えを取って居た。


「まぁ、二対一よりゃマシだからありがたいが……気味が悪いったらありゃしねぇ」


 ぺろりと舌で唇を舐めて、俺はドラゴンの突進を横に飛んで回避。

 起き上がりざまに二発、引き金を引いた。


 青白い閃光がドラゴンの前足に直撃し――しかし鱗には傷ひとつ付いていない。


 加えて気にしている素振りもないことから碌にダメージも入ってないだろう。


「まじか~」


 距離があったとはいえAランク指定のモンスターも一撃で葬る銃である。


 つまり、このドラゴンはゴブリンキングより強いと言うこと。下手すれば先日倒したゴブリンロード並か、それ以上かもしれない。


 しかも後には不気味なナイトメア・オークが控えている始末。


 ドラゴンの後に奴と戦うことを考えると、早々に片付けるのが正解だろう。


「……ふぅ」


 俺は大きく息を吐くと、銃をケースにしまいリュックと共に遠くへと放り投げた。


 効かない武器など必要ない。

 戦闘で壊れないように遠ざけ――同時に、全身に魔力を流し込んでいく。


『GRRRRR……』


 喉を鳴らして警戒を強めるドラゴン。


「わざわざ待ってくれるなんて優しいじゃないの。なら、こっちも優しくしてやらないとなぁ」


 軽口を叩くのと、全身への魔力循環が終わるのはほぼ同時だった。


 俺は右手に氷魔法で剣を作り出しながら、始めてダンジョンに潜った日のことを思い出す。


 一人だった。

 初めて戦闘した時。

 勝利した時も。

 敗走した時も。

 ずっとずっと、一人だった。


 しかし、恐れはなかった。

 俺には憧れがあったからだ。

 それは、ダンジョン配信者【のの猫】。


 俺は彼女に憧れてダンジョン探索者になった。


 必然、その戦闘スタイルも彼女の物と酷似している。

 否、酷似なんてものじゃない。


 同じだ。


 『魔速型』——全身に魔力を流す身体強化魔法を使い、高速ではなく光速で殴り合う戦闘スタイル。


 Cランクであるのの猫でも、格上と渡り合えるかなり優れた戦闘スタイル。


 それをAランクの俺が使えばどうなるのか。


(昔、ギルドのお偉いさんに言われたっけなぁ。

――『相馬君は、魔速型の完成形だ』って)


 思考を終え、ドラゴンが瞬膜を瞬かせた刹那——俺は奴の懐に潜り込んで下から腹を切り裂いた。


 スパッ、と赤い線が走り血が溢れる。


『GYAGAAAAA——ッ!!』


 途端に悲鳴を上げて後退るドラゴン。

 致命傷には至らない。


 だが、これで証明された。

 以前耳にしたドラゴンの討伐方法が正しかったことが。


「さて、もうこっちは問題ないな。後は——」


 ペットがピンチになって、ナイトメア・オークがどう動くか。


 常に視界にとらえていた黒い豚は——されど一歩も動くことなく静かにこちらを睥睨していた。

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