ep28 喪失

 魔力が切れた。


 俺の魔力量はロシアのSランク探索者、ルキーチ・カラシニコフに次いで世界二位。さらには『魔質増強剤』も服用していた。


 にもかかわらず、魔力が切れた。


 魔法は使えず、身体強化も解かれる。

 左腕を凍らせていた氷も解けて、切断面から血が流れだす。


『魔力切れ』


 それは俺にとって初めての経験——ではない。

 探索者を始めて間もないころ。

 俺は一人だった。

 一人で、ずっと戦っていた。


 そしてまだペース配分も理解しておらず、ダンジョンの奥で魔力切れに陥ったのだ。


 魔力のない探索者など、ダンジョンにおいては無力も同然。

 モンスターどころかダンジョン内の崖から足を滑らしただけで死んでしまう。


 だから、その時俺は魔力を望んだ。


 何を犠牲にしても、魔力が必要だと。


 渇望し、切望し、そして……脳が焼けた。


 気付くと俺はダンジョンの外に居た。

 死に物狂いで帰還したのだ。

 だが、家に帰ろうとして——気付く。


 親の顔を思い出せないことに。

 否、それどころか両親との思い出がごっそりとなくなっていたのだ。


 後に調べたところ、魔力を失った後も魔法を使おうとすれば——記憶を代価に魔法を行使することができるのだとか。


 消える記憶はランダムで、犬のうんこを踏んだ記憶を失った人も居れば、俺のように両親の記憶を失った者もいる。


 何故よりにもよって両親なんだ。

 幼稚園の頃に好きだった先生とかならまだ堪えられたのに。


 それから——俺は家を出た。

 俺に忘れられてショックを受ける二人を、見ていられなかったから。


 そして日記を付け始めることにした。


 ——今日、この瞬間のような場面に遭遇することを考慮して。


「……」


 だから——嗚呼。

 悲しいけれど、仕方がない。


 チリチリと脳が焼けるけれど、仕方がない。


 俺はサファイアを上空へと放り投げると、全身に魔力を巡らせ――。


 迫りくる数十体のジェネラルと、一体のゴブリンキングに対して、すっかりお馴染みとなった『インフェルノ』で迎え撃つのだった。


 薄暗いダンジョンを眩い爆発が染め上げる。


「——ぁ」


 消える。

 何かが、焼けて消える。


 でも、止めるわけにはいかない。


 みんなを守らなきゃいけないから。

 そのために少しでも時間を稼いで、少しでも敵の数を減らして、少しでも、ここで命が尽きる最後の一瞬まであがき続けなければいけないから。


 みんなを。


 七規を、松本さんを、霜月さんを、友部さんを、幸坂さんを、クラスメイト達を、尊敬してくれる後輩たちを、可愛がってくれる先輩たちを、三船町に住む、すべての住人を守るために。


 ゴブリンジェネラルのバスターソードが眼前に迫る。

 落下してきたサファイアをキャッチし、盾にして受け流す。


 バスターソードが地面に突き刺さり、動きが止まった瞬間を突いてサファイアで顔面を殴りつける。


 身体強化による一撃はジェネラルの顔面を陥没させた――が、致命傷には至らない。


 急いで距離を取り体制を立て直そうとして——眼前にゴブリンキングが出現。

 目にも止まらぬ速さで蹴りが振り抜かれる。


「……ぐっ」


 咄嗟にアイスエイジで障壁を展開。

 飴細工の如く簡単に砕けるが、蹴りの威力は落ちる。


 後方に大きく吹き飛ばされた俺は壁に激突。

 腹の中がぐるぐるして気持ち悪い。

 内臓はギリ大丈夫だろうが、肋骨はほとんど折れた。


 痛い。

 痛い痛い。


 でも心はまだ折れていない。


 身体強化を強め、ゴブリンキングに突撃。

 間に割って入って来たジェネラルは、インフェルノを連発して追い払う。


 殺しきれない辺り、流石ナイトメア種と言ったところか。


 ちりちり、脳が焼ける。


 俺はゴブリンキングの懐に潜り込むと、その腹部目掛けてインフェルノを発動した。


 ——が、当然の如く回避される。


「ぁ、ぁあっ、くそ! 当たれよ! 俺は、俺は——ッ」


 守らなきゃいけないんだ。

 水瀬を、松本さんを、霜月さんを、友部さんを、三船町に住むすべての住人を。


 ちりちり、ちりちり。


 ゴブリンジェネラルのバスターソードが視界の隅で揺らぐ。

 何とか紙一重で回避し、跳躍。

 距離を取ろうとして——、足に力が入らない。


 見ると、右足の膝から下がなくなっていた。


「……っ!」


 激痛で意識が飛びそうになるのを堪え、即座に傷口凍らせてアイススピアを義足の様に生成する。


 痛い。怖い。


 でも、守るんだ。

 思い出せ。

 松本さんを、友部さんを。


 ちりちり。


「そうだ……っ」


 俺は一縷の望みをかけるようにアイスエイジを上空に展開。

 空間に冷気が舞い降りると、即座にフレアバーストを放つ。


 瞬間的に上昇した気温により、霧が発生。


 それを確認してから俺はダンジョンの天井付近まで大きく跳躍した。


 もう、これしかない。

 天井に向かって極大魔法を連発し、この階層を崩落させる。


 当然、一匹も殺すことは出来ないだろう。

 時間を掛けて、ゆっくりと這い上がってくるだろう。


 でも、その時間があればいい。

 加えて、崩落により転移魔法陣が消滅すればなおよし。


 ゴブリンシャーマンに再度仕掛けられるだろうが、それでも時間はかかる――はずだ。そう思いたい。希望を抱きたい。だって俺にはこれしかないんだから。


 松本さんを守るには。


「俺は——ッ」


 天井に辿り着き、インフェルノを放とうとして——嗚呼、世界はなんと残酷なのか。


 天井付近に横穴を発見した。

 その中には、杖を手にした漆黒のゴブリンが十体ほど。


 ナイトメア・ゴブリンシャーマン。


 杖の先端が輝き、目にも止まらぬ速度の稲妻が放たれる。


 雷属性上級魔法『ライトニングスラッシュ』。


 何とか空中で身をよじり、よけきれない分はサファイアで弾く。

 しかし、捌き切れずに一発が俺の顎に直撃。


 そのまま下顎を吹き飛ばす。

 肉が焼ける悪臭が鼻腔を犯し、直撃したことで全身が麻痺。


 そのまま俺は地面へと自由落下する。


(ダメだ、このままじゃ……)


 地面にぶつかる直前、俺は左腕からアイススピアをダンジョンの壁面に伸ばして突き刺し、落下の勢いを殺して何とか着地。


 しかし休む間などなく、ジェネラルとキングの集団が、俺を取り囲む。


(ダメだ、まだ……もっと、時間を稼がないと。だって俺は——)


 守るんだ。

 ××さんを。


(……)


 守るんだ。

 ——を。


(……?)


 守るんだ。

 ……誰を?


(……)


 守るんだ。

 ……何を?


 チリチリ、脳が焼け焦げ――すべては焦土と化した。


「……あえ、こころこ?」


 薄暗い洞窟のような場所に、俺は居た。


 目の前には見たこともない化け物。

 左腕は二の腕から先が氷となり、右足も同様。

 上手くしゃべれないと思えば、口が半分無い。


 手にしているのはボロボロの銃が一丁。


 なにも思い出せない。

 何も。


「……すべてを失ったか」


 モノクルの男が話しかけてくる。

 誰だろう。


「こんな終わりとは……否、案外終わりとはこのようにあっけない物なのかもしれないな。……なぁ、『三船の守護者』」


「……しゅ、ごしゃ?」


 ドクンと心臓が跳ねる。

 分からない。

 何も分からない。

 痛くて、怖くて、ただ嗚呼、ここで死ぬのだという事だけはわかる。


 でも、何故だろう。

 それだけではなくて。

 俺は——。


「……ぁ」


 バスターソードが迫る。

 瞬間、俺は——アイススピアを周囲に展開。

 氷の剣山を出現させる。

 

 同時に頭の中から何かが消える。

 消えてはならない何かが消えていく。


「……っ、これは!」


 驚いたような声で後ずさりするモノクルの男。

 彼は俺をじっと見つめ、口端を持ち上げた。


「何故、キミは戦うんだい?」


 その問いに、俺は氷魔法で下顎を生成し、答える。


「な、に×、を……まもらな×ゃ、い×ない、×ら」


 記憶ではない。

 契約でも、呪いでもない。

 それは本能だった。


 俺は本能的に、何かを守らなければならないと思った。


 そこに理由はない。

 ただ、おそらく俺はそういう人間なのだ。


 自分より何かを優先したくて、そんなどうしようもない星の下に生まれた、狂人だ。


 モノクルの男はポカンとした表情を浮かべる。

 そしてくつくつと笑うと、両手を大きく広げて吠えた。


「嗚呼……なんと素晴らしいっ! なら、守り切って見せろ! 三船の守護者! 我らがすべてでキミを殺しきって見せよう! ゴブリンジェネラル、ゴブリンシャーマン、ゴブリンキング、ゴブリンロード!! 亜獣の国の絶望を、その身で乗り越えてみろッ!!」


 同時に、後ろに控えていた化け物が動き出す。


 バスターソードを持った化け物、ゴブリンジェネラル。

 杖を持った化け物、ゴブリンシャーマン。

 上二体より、更に体の大きなゴブリンキング。


 そして、体躯は小さい物の、他の化け物とは比べ物にならないほどの圧を発している、ゴブリンロード。


 ――悪夢のような光景だ。


 なんて、呑気に思ったのが悪かったのかもしれない。


 気付くと、左足が無くなった。

 身体が崩れ落ちる。


 痛みに顔を歪めながら見上げると、そこには俺の左足を食らうゴブリンロードがいた。


 反応すら出来ない。視界にとらえることも、気配を感じることも、予備動作を見切ることも、何も出来ない。


 足元にも及ばない。

 格の違う、『絶望』。


「……」


 ゴブリンロードは俺の真正面に立つと、拳を引き絞り——詠唱・・

 ちりっ、とゴブリンの拳に火が走る。


「……ぁ」


 その輝きを、俺は知っている。

 記憶はないのに、知っている。

 本能に刻まれた――魔法。


 火属性極大魔法・・・・・・・


『INFERNO……』


「……っ」


 視界を爆炎が覆い尽くした。



─────



 カメラに向かい、レイジは語る。


『はっきり言って、俺はAランク探索者認定の基準をもうちょっと引き上げるべきだと思うな』


:お

:マジか

:だよなぁ~

:大怪我するって、レイジや雫たそ、米山兄貴見てたらありえん

:Aにも差があるよな~


 レイジはコメ欄を一瞥した後、淡々と続ける。


『そうだな。差だ。俺は別に意地悪で言っている訳じゃあない。これはそいつの、そしてそいつの住む地域の人間のことを思っての判断だ。Aランク探索者のいるダンジョン付近をギルドは安全だと判断して、他の探索者を頼らない傾向がある。渋谷ダンジョンみたいに人口が多いとこは別だがな』


:うんうん

:なるほど

:うんうん

:うんうん

:うんうん


『botかよお前ら。……でもまぁ要するに、実力不足のAランクと、俺らみたいなのを同列に扱うのはどこにもメリットがないってことだ。だから、帰ったら探索者ギルド本部に署名付きの意見書を提出しようと考えてるから、良かったらみんな名前貸してくれよな~』


:みんなを心配して言ってくれてるのが分かる

:かっけぇ

:レイジって普段傲岸不遜だけど、こういうとこちゃんと言ってくれるから好きw

:長いものに巻かれない姿勢、惚れます

:住んでる奴らの為でもあるしなぁ

:確かに、自分が住んでるとこの近くがレベルの低い探索者とか最悪やしな

:その点東京は安心! 土地の高騰も止らない!

:でもほんと、怪我するような間抜けに守られたくはないよなぁ

:自分すら守れねぇ奴に、誰かを守る資格はねぇ!

:つか、そんな無能のせいで他の探索者が派遣されへんとか……あぁ~、もう勝手に死んでクレメンス~(*^-^*)

:↑ちょwwそれは不謹慎ww

:クレメンス~(*^-^*)で草


 コメ欄は加速。

 同時に掲示板の書き込みも増加し——怪我をした探索者が相馬創だと顔写真付きで拡散。Twitterのトレンドにも名前が乗り、日本中で相馬創のランク降格を望む声が上がる。


『無能とかいらねw』

『雑魚は身の程わきまえてろってww』

『イキってそ~ww』

『マジで邪魔! いきがってるクソガキとかさっさと死ね!』

『相馬降格』

『大怪我とかBランクより下じゃね?』

『絶対調子乗ってるー!ww』

『能力に見合わん地位を与えられて、堂々としてる神経がわからん』

『同じ日本人として恥ずかしい!』

『や・め・ろ! や・め・ろ!』

『日本の恥さらし』

『やっぱレイジが大正義なんよなぁ〜ww』







――『のの猫が配信を開始します』

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