ep7 新人が来て仕事が増えた。

「せんぱい好きー。付き合って」


 学校の中庭で、彼女はそう告げた。

 艶やかな黒髪に変化の乏しい表情。

 しかし照れはあるのか微かに頬を染め、ジッと上目遣いに見つめてくる。


 が、視線が合うと恥ずかしそうに逸らされた。


 告白されるのは慣れている。

 今月で三人目。

 そして、俺はその全員に同じ答えを返す。


「ごめん。仕事が忙しくて、恋愛をしている時間が無いんだ」


「ぁ、あぅ……」


 それでも縋りつこうとする彼女に俺は心を鬼にして背を向ける。

 これでいい。

 恋人になったあと、誰かに寝取られるぐらいなら彼女なんて必要ない。


 俺の青春は灰色に満ちていた。



  §



「せんぱい、来ちゃった♡」


 そんな後輩が探索者ギルドに現れた。

 名前は水瀬みなせ七規ななき


 クラスメイトの名前は憶えていないが、さすがに告白してきた相手は覚えている。


 その数今年に入って十五人。

 田舎の過疎高校で全校生徒が六十人。

 女子はその半分の三十人なので、全女子生徒の半数に告白されている計算である。

 

 学校ならめちゃくちゃモテるのに、その学校に行けないというクソ仕様。


 さっさと改善して欲しいと切に願うバグである。


「来ちゃった♡ じゃないよ水瀬。え、なんで? その……前会った時は探索者じゃなかったよな?」


「七規って呼んで。……うん、せんぱいに振られてから死に物狂いで勉強して試験受けたんだ。そしたらなんと魔力がそこそこあったみたいで合格しちゃったー」


「しちゃったのかぁ」


 中学二年生の俺が合格出来ていることからもわかる通り、ダンジョン探索者試験は当人の才能に寄るところが大きい。


 例えば、どれだけやる気に満ち溢れていようとも魔力がすっからかんならなれないし、逆に嫌々受けたとしても優れた才能があれば合格になる。


 そして彼女はそんな一人だったらしい。


「これからよろしくね、せんぱい♡」


「まぁ、頑張ってくれ」


「……え?」


「え?」


「新人教育してくれないの?」


「あっそうか、普通はするんだっけか……」


「……せんぱいの時には無かったんだね」


「まぁね。って、ちょっと待って!?」


「どしたのせんぱい」


 仏頂面のまま小首を傾げる後輩から視線を逸らし、微笑ましいものを見る目をしていた松本さんに詰め寄る。


「松本さん」


「な、なにかな相馬くん。可愛い後輩が出来て良かったね。これで恋人になれば休日がなくて会えないという課題も消えて──」


「仕事が増えるという無理難題が現れたんですが?」


「……」


「目を逸らすなおい」


「だ、だって新人は他の探索者に手解きを受けるのがルールだし、この辺りには相馬くんしか探索者居ないし……」


「だからって仕事増やしてどうするんですか! ただでさえギルドの依頼で学校にも行けないのに、このままだと過労死しますよ!? 労基に行きますよ!?」


「て言っても、決まっちゃったし……新人教育はギルドのルールだし……」


「何というブラック!」


 松本さんに嘆いていると、不意に服の裾を引っ張られた。

 視線を向ければ、不安げな表情の七規が。


「せんぱいごめん。私はただ少しでもせんぱいに近付きたくて……それで、付き合いたくて……」


「ぐっ……」


 ここまで真っ直ぐ想いをぶつけられては無下にすることも出来ない。

 俺は悩みに悩み抜き、大きくため息をついて彼女の頭に手を乗せた。


「はぁ……まぁ、もうなったもんは仕方ないな。その代わり、ちゃんと働いてもらうからな?」


「ま、任せてせんぱいっ」


「かなり忙しいからな」


「せんぱいと一緒なら全然苦じゃないよー」


「……かなり、忙しいからな」


「……なんで二回言ったの?」


「……」


「せんぱい?」


 その日見た後輩の引き攣った顔を、俺は一生忘れないだろう。



  §



 同日の昼過ぎ。

 俺は、いつものようにダンジョンにやって来ていた。ただ少し違うのは隣に後輩女子が居ること。


 あの後、突然ダンジョン内の異変を知らせるアラームが鳴り、ギルドからの依頼が発令された。


 普通ならイレギュラーということで新人は連れて来ない。

 しかし今回は十二層と比較的低階層で、反応もそこまで大きくはなかった。


 なので俺は新人研修も兼ねることにしたのだ。


 別にギルドの依頼もないのにダンジョンに潜りたくないからまとめて済ませたいとかそんな考えは無い。


 無いったら無い。


「それじゃ、早速見せてくれ」


「わかった〜」


 現在は五層の中腹あたり。

 モンスターは基本的にゴブリンのような雑魚ばかりである。


 七規は目の前に現れた一体のゴブリンに向かって手のひらを向けて、告げた。


「『ドミネーション』!」


 瞬間、ゴブリンは動きを止めて俺たちに向かいぺこりと頭を下げる。


「服従魔法……初めて見たが凄いな」


「えへへ……今はまだ、魔力が私より低くいモンスターを六匹程度従えるのが限界なんだけどね」


「いやいや、十分にすごいじゃないか! これでまだ成長の余地があると言う事実に戦慄するほどだ!」


「そ、そう!? えへ、えへへ〜」


 照れたように頭を搔くのは良いのだが、ならばもう少しそれらしい表情を作って欲しいと思う。


「そう言えば、せんぱいはどんな戦い方をするの? 私なんだかんだでよく知らないんだよね〜」


「ん、あぁ。まぁそうだろうな」


 だって戦ってる時って独りだし。

 戦ってない時も独りだし。

 と言うかダンジョン内では常に独りだし。


「じゃあ丁度いいし、イレギュラーとの戦闘を見せるよ」


「ほんと!? やった、せんぱいのかっこいいとこ見れるーっ、キャー」


 場違いな黄色い声を上げる七規。

 やはり表情はピクリとも動いていないのだった。

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