ep19 学校生活
退院してから一週間が経過した。
怪我の後遺症もなく、ダンジョン内に置き忘れていたNo.3サファイアも無事回収した俺は平穏な日常を謳歌していた。
いやほんと。
この一週間、一度もギルドから呼び出しがかかっていない。
正直気味が悪いったらありゃしない。
だが、おかげで今週はずっと学校に通う事が出来た。
クラスメイトからは不審がられたが。
おかしい。
それなりに人気者のはずなのに『え、なんで毎日いるの?』みたいな視線を向けられているの、ちょっぴり心が傷付くのでやめて欲しい。
しかしもちろんいいこともある。
それはごく普通の青春を謳歌できているという事。
「……あの相馬先輩。ずっと前からファンでした! 握手してください!」
「ほんと? 凄く嬉しいよ。ありがと」
昼休み、後輩の女子から呼び出されて中庭に行くとそんなことを告げられた。
てっきり告白されるのかと思ったけれど、こういう事もままある。
そりゃみんながみんな好きになるという訳ではないのだ。
握手すると後輩女子は「きゃー! もうこの手、絶対洗いません!」とかなんとか。
嬉しい。
メディアの袋叩きですり減らされていた自己肯定感が上昇するのを感じる。
友部さんの言った通り。
知らない人たちの言葉など、目の前できゃっきゃと喜ぶ女子高生の黄色い声援に比べたら月とスッポン。
女子アナとかババアだよね(暴論)。
「相馬くん、これうちのおばあちゃんが感謝のしるしにだって! ぜひ持って行って!」
後輩女子に囲まれた後は先輩たちに囲まれる。
みんな滅茶苦茶いい人たちだ。
女の先輩はきゃーきゃー持て囃してくれるし、男の先輩もお菓子や飲み物、昼飯の菓子パンなど「日頃の感謝だ」と言って奢ってくれる。
たまにえっちなサイトのおすすめを教えてくれる先輩もいるが、非常に助かる。センスがいいんだよね。
そんな風に他学年の人たちに囲まれつつ教室に戻って来ると、クラスメイトの男子に声を掛けられた。
「相変わらずすごい人気だな、相馬。疲れないのか?」
「いや、女子から黄色い声援を貰って疲れるとか無いよ。むしろ元気百倍。ところでえっと……名前何だっけ?」
「お前マジか。田中です」
「すまぬぇ佐藤」
「知ってんじゃねえか」
偽名を名乗った佐藤と談笑。
クラスメイト全員は覚えていないが、話しかけてくれる友人ぐらいは流石にわかる。
「そういや最近色々言われてるけど大丈夫なのか?」
「なにが?」
「あー、いやほら。この前すげー大けがしてたじゃん? それ関係でダンジョン配信者が滅茶苦茶話題にしててさ」
言って見せられたのはDtubeの配信サイト。
ダンジョン配信者たちの雑談切り抜きの動画である。
内容としては『大けがしたAランク探索者について』……俺の事じゃんね。
「まじか」
「そそ。かなり話題になっててさ。Aランクって言えば『最強無敵!!』ってイメージがついてた中での一件だったし。これを機に探索者ギルドはランク選定を見直すべきかどうかで今話題なんだと」
「なるへそ。みんな暇なんだなぁ~」
言われて動画のサムネを数件見る。
Dランク、Dランク、Dランク……お、この人はCランクか。
話題にしているダンジョン配信者のランクを確認。
Cランクの人以外は『探索者の顔なんだから、その選定はきちんとすべき』みたいなことを言っている。
一方でCランクの人は『俺も怪我しねぇように気を付けないとなぁ』と口にしていた。
(この人はまだ伸びしろがあるな)
などと俺を批判しなかった人を露骨に褒めていると、佐藤が今度はTwitterを開き画面を見せて来た。
「んでもって、そんな話題に切り込んだのが……これ」
向けられた画面にはレイジのアカウントとツイート。
【ランク選定が正しいのか不安の声が多いみたいだし——レイジ動きます】
「うへぇ……」
Aランク探索者がしょうもないことしてるんじゃないよ。
ランクを確かめるより三船ダンジョンに人寄越せよ。
「その反応……やっぱり相馬ってレイジ嫌いなのか?」
「嫌いだな」
「なんで?」
「のの猫ガチ恋勢だったから」
「あっ……そ、そう言えばのの猫もこの話題について触れてたぞ?」
「……そうか」
「あれ、興味ない感じ?」
「ないな。最近は見てなかったし……うん。もうのの猫には興味ないよ。それじゃ、授業始まる前にトイレ行っときたいから」
「おっけー」
軽く返事をする佐藤に背を向け、俺は教室を後にした。
「……相馬って、案外キモオタな部分あるんだなぁ。親近感湧いて嬉しいけど」
……聞こえてるよ。
喜べばいいのか悲しめばいいのか。
頭を悩ませながら俺はトイレへ。
個室に入ると便器に腰を下ろしてスマホを起動。
Dtubeを開いてのの猫の雑談切り抜きをタップ。
するとそこにはダンジョン内を歩きながら雑談するのの猫の姿が。
他の配信者がみんな自宅等で配信していたのに対し、彼女の背景は大変殺伐としている。
きっと彼女は『ダンジョン配信者』ではなく、あくまでも『配信するダンジョン探索者』でありたいと考えているのだろう。
『Aランクが怪我したことについてどう思いますか……って、この質問最近多いね。まぁ、他の配信者の人たちもこぞって話してるし当たり前か。……正直、私の発言なんて何の意味もないと思うけど……でも言うなら
『肉体的な強さって言うより、精神的にね。……私はずっとCでくすぶってる身だけど、探索者歴はそこそこあるから、Aランクがどれだけすごいかは理解してるつもり。で、そんなすごい人が敵との戦力差を見誤るとも思えない。だからその人は——強敵相手に逃げなかったんだ、って』
『大けがって、みんなが考えてるよりずっと怖いんだよ。みんなは大けがって結果だけ見てるけど、大けがをする時は一歩間違えれば死ぬってこと。そんな状況をきっとそのAランクの人は理解したうえで挑んだ。逃げずに戦って、生きて帰って来た。それって、私はすごいことだと思う』
『まぁ、コメ欄の人たちが言う様に『無茶と無謀をはき違えただけ』って可能性もあるけどね。——じゃあ、探索者ギルドの選定は間違ってないと? ……か。それは分からないけど、分からないなりに分かることを想像した私の感想が——すごい! 以上!』
のの猫の言葉を聴き終え、俺はそっと動画を閉じる。
そして天を仰ぎ——あぁいや、トイレの天井を仰ぎ、思った。
好きだ、のの猫。
愛している。
もう絶対にのの猫と結婚する。
今決めた。
心に決めた。
ゆっくりとのの猫への愛に浸っているとチャイムが鳴り、授業の開始が合図された。
しかし俺は立ち上がることが出来ず、嬉しさに身を震わせるのだった。
教室に戻ると佐藤に「うんこ出た?」と聞かれたので「涙が出た」と返す。
翌日、佐藤が痔に効く薬を持って来てくれたのはまた別の話である。
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