ep10 日常もダンジョン並みに面倒

 翌朝。


 南野さんからの『辞めます』連絡で気落ちした俺は、珈琲を淹れながらスマホをチェック。


 この時ギルドから連絡が来ていれば学校に欠席の旨を伝えることになる。


「今日は大丈夫そう……ってか、普通に遅刻しそうだ」


 急がないと、と準備を整え、いざ出発。

 右を見れば田んぼ、左を見れば畑。

 うーん、今日も今日とてくそ田舎。


 アスファルトより土の方が多い、自然豊かな田舎である。


 出会うのはジジババばかり。

 あとはランドセルを背負った数人の小学生。

 確か全校生徒は十人ちょっとだったか。

 過疎化の進行具合に涙が出るね。


 などとこの町の未来を憂いている内に学校に到着。


 すると、校門前で体育教師と目が合った。


「おはようございま——」


「相馬ぁ!!」


「あ、え?」


 にこやかに挨拶をすれば、彼はいかつい顔で近付いて来る。


 彼だけではない。

 校舎の中から数人の教職員が顔を出し、あっという間に取り囲まれた。


 女子生徒に囲まれることは慣れているが、流石にこんなことは初めて。

 どうしよう。


 俺、何かやっちゃいました?


 何て冗談は置いといて……。

 マジで心当たりがないんだが。

 だってそもそもかかわりが少ないし。


 なんて思っていると、教師の一人が眼鏡を押し上げ尋ねて来る。


「相馬君。キミは水瀬君とはどういう関係なのかな?」


「みなせ……あぁ、七規のことですか?」


「そうだ」


「えっと、彼女がどうかしたんですか?」


 話が見えないのでとりあえず聞いてみると、皆一様に渋い顔を浮かべた。


「どうしたも何も、彼女は成績優秀で運動神経抜群。この辺り一帯を占める地主の孫娘であり、生け花の腕前は全国有数。そんな彼女が——いきなりダンジョン探索者になると言って、学校をさぼり始めたのだよ!」


「……」


「保護者の方も反対しているし、当校としても優秀な彼女がダンジョン探索者になるのは見過ごせない。出来れば勉強とか運動とか、生け花とかでその才を日本に広めて欲しいと願っている」


「なるほど」


「だから、ダンジョン探索者になる前に止めなければならない!」


「もうなっちゃってましたよ」


「もうなっちゃってたの!?」


「はい、昨日ダンジョンに行きましたし」


「行っちゃったの!?」


 途端にざわざわする教師。

 そんな姿に俺は若干苛ついてしまった。


「別に、もう高校生ですし子供じゃないんだから進路ぐらい自分で決めさせればいいじゃないですか」


「いやその……あまり、生徒の親をどうこう言いたくないんだが……彼女のおじいさん、昔はそっち系の人だった・・・・・・・・・という話があってだね……」


 おっと、一気にきな臭くなってきたぞ?


「そ、そっち系というと? 『ヤ』の付く人たち的な?」


「まぁ、そうだね」


「……」


「べ、別にどうこうされることは無いと思うけど、あまり失礼な態度を取りたくないという大人の事情やらが絡み合っていて……できれば水瀬君には普通の学生生活を謳歌していて欲しいんだよ」


「な、なるほど……」


「まぁ、キミが彼女と交際しているのなら、キミから話を通してもらえたら嬉しいんだけど」


 流れ変わったな。


「先生? それちょっと押し付け的な——」


「いやいや、いやいやいや。まさかそんな……はははっ」


「はははっ、じゃないよこの糞教師」


 何て言い合っていると、校門前に黒塗りの高級車が乗り付けた。

 中から現れたのは見覚えのある無表情。

 件の人物、水瀬七規である。


 どうやら先生たちの言葉は本当だったらしい。

 しかしそれにしては昨日、彼女の金銭感覚は全力で庶民していたような……まぁ、金持ちってその辺りの教育しっかりしてるイメージだし、そう言うものか。


 などと考えていると、七規は片手を挙げて駆け寄ってくる。


「あれ、せんぱいだー。おはよっ。朝から会うなんて、運命感じるね~♡」


「お、おはよう。そうだな」


「せんせーたちもおはよ」


「おはよう水瀬君! それじゃ、相馬君! あとは、頼んだ! キミ曰く高校生は子供じゃないみたいだし、大人として良き対応を期待する! サラダバー!」


 そう言い残し、先生たちは蜘蛛の子を散らすように去って行った。


「……せんぱいどうしたの? 『この世の大人はみんなくそだ』って感じの目をしてるよ?」


「いや、なに。ちょっと転校しようかなって思っただけ」


「え、転校するの!?」


「冗談だよ。この辺の高校ここだけだし」


「よ、よかったぁ」


 安心したように胸をなでおろす七規。

 相変わらず表情には出ないけれど、感情豊かな少女である。


「なぁ、七規」


「なに?」


「お前って、学校サボって探索者になったの?」


「うん、早くせんぱいの隣に立ちたくて」


「……そうか」


「頑張った」


「頑張るのは良いことだよなぁ」


「えへへ、ありがと~」


 嬉しそうに肩をトンっとぶつけて来る。

 無邪気そうな彼女を見ていると、彼女の保護者の気持ちもわかる気がする。


 こんなに可愛いのだから命の危険と隣り合わせである探索者になどなって欲しくないのだろう。


「……探索者を頑張るのもいいけど、学校は極力通えよ」


「え~、でも有事の際は私も——」


「お前にはまだ早いよ。それに……俺は、全然通えてないからな。七規には楽しめる時に楽しんで欲しい」


「……うん、せんぱいが言うなら、そうする」


「それと、保護者をあまり心配させるなよ」


「わかった」


 何て話しつつ、俺たちは学校に向かった。



  §



 まさか今日だけで二人に告白されるとは。


 しかも一人は教育実習の女子大生ときた。

 そりゃあ、そこらの大学生どころか大半の大人よりお金を持ってるけど、流石にびっくりだ。


 ギルドからの連絡もなかったので、本日はそのまま直帰。

 早く帰って南野さんの料理を——。


「あぁ、今日からはもう居ないんだった」


 泣きそう。


 落ち込み、溜息を溢しながら帰宅。

 すると、カレーの良い香りが漂ってきた。

 それは我が家の方角から漂ってくる。


 まさか!

 俺は玄関の鍵を開けて扉を開き——。


「南野さん!」


 キッチンに飛び込む。

 が、しかしそこに南野さんの姿はない。


 代わりに居たのは腰まで伸びるくすんだ金髪の女性。

 すらりとした体躯に、整った容姿。


 エプロンを身に着けた彼女は、俺を見るとイタズラ好きの子供のように八重歯を見せて笑みを浮かべた。


「おかえり、ご主人様」


「えっと……どちらさまで?」


「あれ、聞いてない? 南野さん連絡するって言ってたんだけどなぁ……まぁいいや。私はあの人の代わりに派遣された新しい世話係の霜月しもつき。よろしくな」


 カラッとした態度で手を振る彼女の左手の薬指には、きらりと輝く結婚指輪がハメられていた。


 ……俺の周りに来る美女って、みんな人妻なんだよなぁ。


 とか何とか。


 断りもなく部屋に入るな、と思う前にそんなことを考える辺り、俺の欲求不満も限界に近いのかもしれない。

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