ep36 田舎のダンジョン探索者

 翌日。


「そ、相馬くん。これ、お見舞い」


 そう言って果物の詰め合わせを持って来てくれたのは幸坂さんだった。


「これはこれは、わざわざありがとうございます」


「昨日は、来れなくて、ごめんね。やらなきゃいけない、ことが、多くて」


「大丈夫ですよ。それより、幸坂さんはこれからどうするんですか?」


「どう、とは?」


「ほら、三船ダンジョン無くなっちゃったじゃないですか。幸坂さん、お金を稼ぎたいから探索者に復帰したんですよね?」


 幸坂さんはあまりよろしくない彼氏に引っ掛かっており、彼にお金を貢ぐために探索者を復帰しようとしていた。


「それね。実は、彼氏が、ごめんって、謝ってきて」


「ほう」


「理由を、聞いたら、相馬くんの、活躍を、聞いて、だって」


「俺ですか?」


「うん。相馬くん、今回凄く、活躍した、でしょ? それを聞いて、自分も、頑張らなきゃって、思ったみたいで。今、仕事探してる。私にも、無理に、復帰しなくて、いいって」


「そうなんですか……それじゃあ復帰はしない方向で?」


「んーん、復帰する、つもり」


「それはまたどうして」


「……貯金が、ない」


「あー」


 何と切実な問題か。


「彼氏さんと結婚とか考えると、更に入用でしょうしね」


「……あ、彼氏とは、別れた」


「え、そうなんですか?」


「うん。私、真面目な人、苦手、だから……」


「……え?」


「あの時の、ダメな、あの人が、好きだったのに……」


 幸坂さん、まさかのダメンズ好きを自覚して付き合ってるタイプの女性だったとは……。


「そ、それでダンジョンはどうするんですか?」


「少し、遠いけど、『夜叉の森ダンジョン』に、行こうかな、って」


「夜叉の森ですか」


 確かにいいかもしれない。


 三船ダンジョンはくそ田舎のゴミ立地にあるダンジョンだが、『夜叉の森ダンジョン』は県外ではあるが駅から近い。何より特急が止まるのが素晴らしい。


 三船ダンジョンが過疎っていたのも、夜叉の森ダンジョンの素晴らしい立地が原因だったに違いない。


 たぶん。

 絶対。


 今朝ネットサーフィンしてる時に見つけたけど、三船ダンジョンが『魔窟』と呼ばれる程難易度が高いから、ギルドが補充を止めてたって……そんなの嘘だよね?


 だって聞いてない。

 俺、初心者の頃から三船一筋なのに。


 今度ギルド本部の人に会ったら聞いとかないと。

 事と次第によってはちょっと許せない。

 法的処置も検討する所存。


 ……何はともあれ。


「いいんじゃないですか?」


「それで、その……まだ、復帰の、免許、貰ってない、から。……退院したら、また監督、お願いしても、いい?」


「俺でいいんですか?」


「うん、相馬くんが、いいな、私。もちろん、相馬くんが、良かったら、だけど」


「そういう事なら喜んで。っと、それなら一つお願いがあるんですけど、うちの後輩も一人連れて行ってもいいですか? まだ新人なんですけど、三船ダンジョンは無くなっちゃいましたし……」


「それって、水瀬さん?」


「あれ、知り合いでした?」


「うん。ギルドで少し、ね。もちろん、いいよ」


「ほんとですか! ありがとうございます! 幸坂さん経験豊富そうですし、七規にとってもいい経験になりそうです!」


「それなら、よかった。でも、三人、揃うなら、パーティー申請、しなきゃ、だね」


 ――『パーティー申請』

 その言葉を、俺は一瞬理解できなかった。


 だってあまりにも縁遠い言葉だったから。

 パーティー申請をするという事は、パーティーを組むという事。


 ……誰が?

 当然俺だ。


「……」


 まじで?

 人生で初めて仲間出来ちゃうの?


「な、なんか緊張しますね。ずっとソロでやってたんで」


「そう、なの? これからは、お姉さんに、頼ってくれて、いいよ? なんてね。上のランクの、探索者に、言う事じゃないか」


 えへへと苦笑を溢す幸坂さん。

 なんだこの人。めちゃくちゃ可愛いんだが?


 彼氏なしの美女と、純粋に好意を寄せてくれる後輩美少女。

 そんな二人とパーティー組むとか、なにこれ勝ち組?


 いやいや、命の危険があるダンジョンへ向かうパーティーなんだ。

 色恋沙汰を持ち込むのは厳禁厳禁。


 ……でもやっぱり嬉しく思ってしまうあたり、最高に童貞していると思う。


 兎にも角にも、そういう訳で俺は人生で初めてのパーティーを組むことになった。


 メンバーは以下の三名。

・Aランク探索者、相馬創。

・Cランク探索者、幸坂さん。

・Eランク探索者、水瀬七規。


 うん、すっごいバラバラ。

 でも知らない人と組むよりは何倍もいい。

 何より美人なのがいい(重要)。


 その後、しばらく雑談をしてから、幸坂さんは帰っていった。



  §



 目覚めてから五日が経過した。


 その間、探索者ギルドが正式に相馬創の三船ダンジョン攻略を発表。これにより、俺は世界で四人目のSランク探索者候補となった。


 何故に候補・・かというと、Sランクになるにはいくつか政治的な手続きがあって時間がかかるのだとか。ただSランクに上がるのはほぼ確実らしい。


 とにかく、これで名実ともに日本最強になったのは間違いない。間違いない、のだが……ネットは大荒れしていた。


『探索者ギルドの自演乙』

『偽りのSランク』

『相馬は確実にSの実力はない』

『ギルド終わったなww』

『レイジ最強! レイジ最強!』

『実力は知らんが顔は嫌いww』


 チラッと見ただけでこのありさま。


 うっせ、ばーか!

 俺じゃなきゃ鬱になるぞ!?


 でも中には、


『正直すまんかった』

『てか未成年にこんだけ働かせてるのおかしくね?』

『相馬創って普通に最強と思ってたけど、言ったら叩かれるし応援できんかった』

『今回で分かったのはレイジ信者の民度がゴミなのと、相馬創が最強だったという事』

『ゆっくり休んでクレメンス』


 ――みたいなことを書いてる人もいて、心がふわふわ。


 割合的には悪口3、賞賛3、静観4って感じ。

 なんでこんなに嫌われてるんだよ(涙)。


 という訳で俺はネットから離れることを決意。


 そう言えば、最近になってレイジが八十五階層の生放送の時に『降格の署名を!』的な事を言っていたのを知った。流石にちょっと悲しくなるけど……正直、分からないでもないというのが本音。


 俺が怪我したのは事実だし、レイジは俺の実力を知らなかっただろうし。

 ならせめて会いに来いとは思うけどね。


 まぁ、それでも個人的にはレイジより信者が嫌いだが!


 なんだよアイツら。

 泣くぞ? Sランク探索者、泣いちゃうぞ?


 因みに、レイジは八十五階層の配信を終えてからツイートのひとつもしていない。顔を出しにくいのは分かるけど、一体なにをしているのやら。


 そんな普通なら鬱になってもおかしくない状況。

 しかし俺の心は穏やかだった。


 アンチの声など、どうでも良くなるような吉報があったからだ。


 俺はベッドの上で、スマホの録音を再生する。


『——相馬さん』


「うへっ、うへへへっ」


 スマホから流れるのはのの猫の声。

 何でも、レイジ信者による叩きに対して、のの猫が反論してくれたのだとか。


 それだけでも嬉しいのに、なんと一度だけ俺の名前を呼んでくれたのだ!


(推しが、最推しが名前を……っ!)


 切り取った音声を繰り返し再生する。


『相馬さん――相馬さん――相馬さん――相馬さん――』


「な、なんだい? のの猫」


 あー! やっちゃった!

 録音としゃべっちゃったー!

 めっちゃくちゃドキドキする~!


「……キミは何をしているんだ?」


「わひゃあっ!?」


 気付くと、友部さんが居た。


「ま、まさか、まだ頭が治っていないのか?」


 割と本気で心配の表情を浮かべていらっしゃる彼女に、俺は静かに目を閉じてから答えるのだった。


「ごめんなさい。平常運転です」


 これぞ生き恥。

 それでものの猫の録音を消さない辺り、俺は最高にオタクしてると思う。



  §



 以降、空いた時間はリハビリに費やした。

 腕がなくなった弊害は思っていたよりも大きく、バランスがとりにくいったらありゃしない。


 しかしそれもすぐに慣れてくる。


 左腕のない生活にも慣れて、体力も戻り始めた頃。

 ようやく退院の許可が下りた。


 正直、毎日霜月さんのお弁当を食べられるし、美人な人妻に囲まれて過ごす入院生活はすごく楽しかったが、こればっかりは仕方がない。


 そんなわけで、本日は退院の日。


 病院前に張り込んでいたマスコミは友部さんが「邪魔!」と言ってからその数を減らしていたが、それでもまだチラホラ見かけるあたり、ほんとこいつら……。


 何はともあれ、俺は両親に持って来てもらった服に着替え、お世話になった病室にさようなら。


 病院の玄関までを一人歩く。

 以前退院した際は友部さんやお医者さんに見送られたのに、今日は一人である。


 寂しいじゃんね。

 何でも忙しいのだとか。


 それなら仕方がない。

 病院だもん。


 俺は、とぼとぼ歩いて玄関口を抜け——そして病院前に押し掛けた大勢の人に出迎えられた。


 見たことある顔もあれば、知らない人も居る。

 よくよく確認すると、病院内に居なかった友部さんやお医者さんの姿も。


「……ぁ、え?」


 困惑していると、一番前に居た七規と松本さんが花束を持って近付いてきた。


 そして差し出すと同時に、集まっていた人たちは口を揃えて告げる。


「「「「「相馬創くん! 私たちを守ってくれて、ありがとう!!」」」」」


「……っ」


 それは、どこまでもまっすぐで純粋な——感謝の言葉。

 だからこそ、俺も心から思う。


 ――本当に守れて良かったと。


 感極まっていると、七規と松本さんが優しい笑みを浮かべた。


「せんぱい。せんぱいは、私たちの英雄だよ」


「相馬くん。本当に……心の底からありがとう」


 だから俺も、みんなに笑顔で返すのだった。


「……はいっ! どういたしまして!」





─────

あとがき

 とりあえず第一章は終わりとなります。

 楽しんでいただけたなら幸いです(* 'ᵕ' )

 後半コメディくんが行方不明ですまんかった……orz


 レイジやのの猫など、やりたい事はまだあるので、第二章は書く予定なのですが、ひとまず投稿はここで終了です。何故ならストックが無いから(白目)。

 第二章を全部書き切ったら、また毎日投稿という形で再開したいと考えておりますのでどうかご容赦を。それではまたノシ

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住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが? 赤月ヤモリ @kuropen

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