第36話
帝都直前の領地とあって、さらに地方の領地から考えると栄えているガードナー侯爵領。たくさんの人々の出入りがある分、トラブルだってあるだろう。しかし、路地裏に至るまで、そういったものは見当たらない。路上のゴミなどの問題も、大きなゴミ箱を設置することで対策。そのゴミ箱を掃除する仕事を新たに作ることで、仕事がない、ということを無くす。上手く組み込めている。
「こちらは孤児院のようです」
「ここが……」
どこにでもあるとはあまり言いたくないが、様々な事情で身寄りがなくなってしまった子どもたちを保護している孤児院。建物はそこまで新しくはないものの、しっかりとした造りで雨風が吹き込んでくるような場所ではない。
「こんにちは!」
「こんにちは」
庭で遊んでいる子どもたちが見えて、様子を見ていると女の子が声をかけてくれた。笑顔がまぶしい彼女は、まだ十歳ほどに見える。それとなく暮らしの状況などを聞いてみると、不遇な扱いを受けている様子は見られない。
いつの間にか集まってきていた子どもたちに囲まれ、どこから来たのか、などの質問が飛び交う。元気に過ごせているのがよくわかる光景だ。子どもたちはきちんと養育されているようで、本当に安心する。
「そろそろ……」
「はい、行きましょう」
途中で孤児院にいるシスターたちも話に加わり、最初の視察としては十分な成果が得られることになった。シスターからもたくさんの話を聞かせてもらい、現状の不安なども聞かせてもらった。やはり今後の子どもたちの仕事などを不安に思っているようで、学校などの教育機関に行けるなら、とも漏らしていた。
「アラン」
「はい、ユーニス様」
「あなたは平民出身だと言っていましたね。ぜひ、正直な意見を聞かせていただきたいのですが……この国の教育機関の在り方について、どう思いますか?」
現在、アルムテア帝国には教育機関があるものの、実態はお金に余裕のある平民と貴族しか在籍していない。私もそのことについては気になっていて、もっと広く開放できたらと考えていた。しかし、いきなり全員どうぞ、というのも難しい話で、貴族の中には平民に学は必要ない、と言う者たちもいる。
「私は、幸いにしてそれなりに富んだ暮らしをしている商家に生まれました。後を継ぐ兄もいて、妹もいて、十分に生活ができる環境でした。ゆえに、騎士となるための養成学校にも入学することができましたが……正直に申しますと、それでも大きな格差がありました」
移動中にアランにも聞いてみると、思っていた以上に教育機関に入ることの難しさを知ることになった。そして、入ってからもその格差は大きいことも。
「商家とはいえ、平民。周囲の生徒たちはどこぞの貴族のご子息や、上級貴族の分家筋のご子息が多く、私のような立場の生徒はほとんどいませんでした。なので、その……」
言いづらそうに口ごもった彼は、意を決して言葉を紡いでくれた。騎士としての教育を受けていても、同じ生徒だと言う貴族位の子息たちに馬鹿にされる。騎士として配属されてからは、イーデン兄さまや側近にいる各騎士団長クラスのおかげで訓練に参加ができたと言う。そうでなければ必要な訓練にさえも参加できなかったらしい。
「こんなことを言うのは立場上、許されないことですが……。あなた様に選ばれたときに、諦めなくてよかったと思いました。殿下のおかげで、私は救われたのですから」
「アラン……」
自分を認めてくれる人たちがいても、仕事を与えられなければ成果は残すのが難しい。それにアランは帝国騎士団の中で初めての平民出身者。彼の入団以降は少人数ながら、騎士団へ配属される平民出身の人もいる。
「では、なおさら……変えていかねばなりませんね」
アルムテア帝国は基本的に治安も良く大変栄えた国。諸外国からのその評価を、帝国全体がそうである、というように変えていかなければならない。教育の機会なども、変えていく一つ。
「殿下、微々たるものですがお力になれればと思います」
「ありがとうございます、アラン」
侯爵邸への移動中も話をしながらありとあらゆる場所を見た。この侯爵領が、私の知っているエインズワース領と違って、栄えているのがよくわかる。あの地では外出もほとんどしてこなかったが、領地に住まう民の声は聞こえていた。そこから状況を察することは、十分可能。
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