第31話

身分を隠すという、その考えは私自身の経験から来ているものだ。リリムにも行政官のような立場の人が地方を視察に来ることがあった。もちろんそれは、私のいたエインズワース家の領地も対象。そこに来た行政官は身分を隠さない人だったから、汚い部分を見せないようにあの人は気をつけていたのを覚えている。


特に、伯爵家の内部調査の際、私の存在を見られないように、と冬の寒い日に外の蔵へ閉じ込められたのは記憶に焼き付いている。とても寒いし、中は当然ながら真っ暗闇で。もうすでに母が亡くなっていたために、感情を隠さなければと、出してほしいと叫ぶこともできなかった。あまりにも、無力な自分を感じる時間。


「これは……復讐なのでしょうね……」


蔵から出られたのは、内部調査が終わって数日が経った頃だった。忘れられていたのか、意図的に遅くなったのかは知らないけれど、魔法で出した水と、小さな隙間から入ってこられる動物たちのくれる木の実がなければ間違いなく死んでいた。出されたときに、継母が歪んだ笑みを浮かべて、こちらに謝罪の気持ちが一切ない言葉で謝ってきたのも記憶に残っている。


「私って、思いのほか根に持つタイプね……」


隠した気持ちは、私の中で憎しみとして膨らみ続け。しんしんと降り積もる雪のように、それらは静かに少しずつ増えていった。その隠れた心の内の感情が、私を生きさせ、どんな環境でも頑張っていくという原動力に繋がったのだろう。


そうでなければ、すぐに心が折れて、今の私にはなっていない。もっと抜け殻のような私になっていたはずだ。


「お母さま……私のことを神の子だとおっしゃいましたが……私は自分のことを神の子だとは思えません。悪魔の子です、きっと……」


神の子であるというのなら、私のように胸の内にネガティブな感情など隠しはしないと思う。私の中にあるのは闇のように暗い感情。あの人たちに死んでほしいとまではさすがに思わないけれど、自分のしたことをきっちりと反省してほしい、とは思っている。反省を促せるのであれば、多少の荒事は致し方なし、とも。


これは私の復讐なのだ、あの人たちよりも高い場所で幸せに生きている姿を見せるための。私のエゴだ、私の独りよがりな勝手な思い。


「お母さま……」


いつだって他者への優しさを忘れなかったお母さま。私にも思いやりを持つのは、自分のためになると教えてくれたけれど。私はお母さまのようにはなれない。


「あいたい、です……」


無性に母が恋しくて仕方がない。いつも私のことを柔らかな笑顔で見つめてくれて、その目は私のことが愛おしいと伝わってくるほど。母がいれば、どんなことだって耐えられた。母の笑顔のために、私は我慢ができていた。でも、母はもういない。頑張れたのは、母がいたからだ。だから、その母がいなくなってしまえば、私の頑張る理由なんてなくなる。


「……でも、前を向いて行かなきゃ」


今の私には皇女という立場がある。最終的にその身分を受け入れたのは私だ。ならば、その身分に相応しい働きをしなければならない。皇女の身分はただ、そこにいればいいわけじゃないのは当然のこと。身分がある重みを背負って、私は立っていく必要がある。もちろんその重みにも耐えなければならないけれど、それは受け入れた時に覚悟を決めた。


「暗い気持ちになるのはもうやめよう。私ができることはしないと」


遊んで暮らせばいい、そんな甘えた思考は許されない。私のいる場所は、誰よりも重たい責務が発生する。重たさでいえば、レイフ様よりも重いかもしれない。皇族の一員ということはそう言うことなのだから。


「イアン兄さまに相談した後は……レイフ様なんだけど……ここから離れられないだろうし……」


私が使える駒であることを証明することが、重要。この国にとって有益な存在であると知らしめる。そのためにはやはり、もっと勉強しなければ。

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