第39話
「もう、そろそろです」
「ありがとう、ずいぶんと今度の街は自然の風景が多いですね」
「はい。帝都から離れた場所はやはり、自然が多くなりますし、国内の農作物を担っている地域も多数ありますので」
「場所によって農作物を変えているとは学びましたが、地域性が出るとそれぞれの特産物として出せるのはいいなと思いました」
馬車で移動し、無事に関所も通過。一日かけて移動した先は帝都からずいぶんと離れており、この場所の視察が終われば、それ以降は魔法の転移陣があるゲートを使用しての移動となる。
「そういう考え方もあるのですね。私は地域性を活かした農作物を、その地域の特産物と捉えたことはありませんでした。それぞれがその場所で育ちやすいから分担して作る、という印象で……」
意外そうな声をあげたアランに、たしかに言われてみれば分担制でもあるな、と思う。私は普通に特産物だと捉えていたけれど、やっている側からすれば、育ちやすいものを分担して育てているにすぎないのかもしれない。
まだまだ勉強不足を感じる、やはり机の上だけで学ぶのは足りない。実際に見られる視察は、いつも以上の収穫を得られる。自分の目で確かめることの重要さが、今回のことでよくわかった。
「あれは……」
「え、あ、アル……?」
「殿下、あのアルビスをご存じなのですか……?」
そういえば、アランにはアルのことを言っていなかったっけ、なんて思いながらも簡潔に関係性を伝える。アルビスは国にとって特別な鳥とあって、アルのことを知っている人は数少ないから。
「あ、え、ええ、はい。あの子はアルと呼んでいる子で、視察が始まるから家にいない、と伝えたんですが……」
クーキュ、イ
馬車の移動も、この道を抜けた先で終わり、というところで家で別れたはずのアルがこちらに一直線に飛んでくる。賢い子なので、私の言うことは基本的に理解しているし、人間の感情の機微も悟るので私が不在なことや大事な用事であることはわかっている。
アルも頷いて返事をしていたし、言葉は交わせなくても通じていると思っていたのだが。何かあったのだろうか、この子のことだから伝えに来たのかもしれない。
「足に何かついていますね」
「本当ですね。アル、外してもいい?」
クー、キュ
括り付けられた簡易の手紙、もはやメモ書きのようなそれを外して見やれば、要はアルが行くから一緒に視察して来い、という兄たちからの手紙。本当に手紙にしては簡易すぎるので、伝言みたいなものか。
「殿下、もう一枚あるようです」
重なって気づかなかった紙に気づいたアランが、私にその一枚を差し出してくれる。私のことを守ってくれる存在であり、私自身がアランのことを信頼しているのがわかるのか、アルは珍しく彼の頭の上に座っており毛づくろい中。
本当にその姿は珍しいもので、レイフ様にさえも基本的には乗らない。私以外の人間にそこまでの接近をすることも、させることもしない。例外として、私の親しい人間には近寄るが、そうでないものに関しては無視するほど。
それに、レイフ様や兄さまたちとの距離を縮めるのも、アランみたいに早くはなかった。アルビスという鳥はその生態こそ謎に包まれているが、アルの様子を見るに、私の心を映しているようにも見える。
私が信頼を強く寄せている相手には、近くに寄る。レイフ様や兄さまたちは、出会いが特別だったので、緊張しているのが伝わっていたのかもしれない。
そういう意味では、アランは特殊な例外とも言える。彼のことは、兄さまたちと一緒に見させてもらった。仕事に対する誠実さだけではない、人としての器の大きさ、不当な扱いであっても腐らない強さ。
そのすべてを見て、彼ならばと思った私は、緊張する前に信頼がすでに出来上がっていた。お互いが打ち解けているが故の関係性を、アルは正確に映していると思う。アラン自身の考えていることは、彼が教えてくれたこと以外にはわからないけれど、十分な関係を築けているのは間違いない。
ある程度の大きな貴族位の家は、皇族のように自分たちの騎士団を保有している。それはリリム王国でも同じのようだった。私のいたエインズワース伯爵家は辺境伯かつ、隣国との国境が魔物が蔓延る危険な森、さらに言えば寒さの厳しい雪の多く降る地域。そもそも、国境として隣り合っているのがアルムテア帝国とあって、表立って敵対関係にあるわけでもないし。
いわば、目で見てわかる危険な状況ではないという理由で、騎士団というよりは魔物対策の騎士が存在する程度だった。私自身、エインズワース伯爵家にいた頃に騎士を見たか、と問われればノーだ。魔物討伐だって数も多くないのを思えば、騎士などいないようなもの。
それ以前に騎士ではエインズワース伯爵領では生活が難しいのが現状と言える。何せ雪が多く寒い地域、作ることのできる作物自体も限られているような場所。なのに、伯爵家が税金を上げ続けたりして、領民たちのことを考えないから、余計に領民たちは貧しくなり、逃げてしまう。
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