第40話
「アル、目立たないようにね」
結局同行することになったアルに、しっかりと言い聞かせ、再度視察先である領地を治める貴族の家へ向かう。たしか、ここは子爵家の治める場所だったはずだ。子爵と言っても、何代か前に商人から貴族として成りあがった家系のようで、代々商人としても活躍する家。
今の子爵自身も大きな商人ギルドを束ねており、他国との貿易にも詳しいやり手の人物だと聞いたことがある。そして先代、先々代と遡ると、その期間に跡継ぎ問題等で爵位を返上した家もあり、その家が治めている土地を子爵が与えられた結果、そこそこにいい立地の領地に子爵家が収まったということである。
古くから続く伝統を持つような貴族からは、成金だとか所詮は平民の血筋だとか、いろいろと影で囁かれていることもあるみたいだけれど、彼らは商人。大きな声でそんなことを言えば自分たちの首が締まるのをわかっているから、表面上はいいように取り繕っている。
どこの貴族社会も似たようなものだな、なんて思ったのはもはや言うまでもない。エインズワース伯爵家でも、王都までよく出かけていたカミラが他家のご令嬢をそうやって罵っていた。彼女の場合はもう少し性質が悪く、面と向かって自分よりも低い家格のご令嬢を狙っていた。
自分が勝てない家格の相手は、一応取り入ろうと頑張っていたようだけれど、家では言いたい放題。機嫌が悪いと私にも当たるので、社交界というのは恐ろしい戦場だと幼いながらに思ったものだ。女性陣はサロンなどを主催し、また招待を受けたりするが、そこでも水面下は腹の読み合い。
「調査協力に感謝します、子爵殿」
「我々の元は商人、少しでも世を豊かにしたいのは、爵位を持たなくても思うことです。特に、私たち一族はその気質が強かった。帝国監査が重要なものであることは、十分に承知しております故」
「子爵殿、今回の調査では領地の素晴らしい面をたくさん見させていただきました。改めて、監査結果報告は皇宮にて行われる予定です。その際には、また通達がありますので、皇宮の方へお越しください」
私は前に立つ子爵へ挨拶をし、後日の予定を軽く伝える。アランは私の少し後ろで控えており、今もずっと護衛として私の身に何かがあってはいけないと警戒中だ。アルは、さらに離れた場所からこちらを見ているようで、子爵からは見えない位置にいる。
用事を全て終えた私は、子爵と別れて次の行き先へと向かうためのゲートに歩を進めた。アランの身体に隠れるようにアルもついてきており、移動の間もトラブルなく無事だ。
「アラン、少し聞いてもいいですか」
「はい、何なりと」
「先ほどの領地、どう見えましたか」
転移ゲートへの道中、休憩のように見せかけつつ人里離れた小高い丘に寄る。万が一を考えて、人の耳を避けた結果。私の意図に気づいていたであろうアランは何も言わずに、後ろを歩いてくれていたので、相変わらずの優秀さである。
「何かの隠蔽が、なんて疑っているわけではないのです。ただ、あなたにはどう見えたのだろうと、気になって。参考までに聞かせてもらえたら、と」
「その言葉を聞いて安心いたしました。私では、殿下の疑問にお答えできるだけの知識などが欠けております故、失望させてしまうのではと思って……」
「まさか! 失望なんてしません! 純粋に、美しい理想を追いかける街だと思いましたが、これがもっと地方になれば変わるでしょう? あなたの出身地のように自然の相手をすることが多い場所なら、また、追いかけるべき理想、というものも違うのだろうな、と思ったのです」
街並みは整えられて、道行く人々の顔には活気あふれる笑顔、大通りに面しているお店も含めてどこもかしこも完璧すぎるほどに綺麗だった。そう、綺麗すぎた。まるで今日のために作られたのでは、なんて疑ってしまうくらいには。
「私は子爵と同じ商人の生まれ、彼の考えていることはまさに叶えられれば理想郷。でも、自分の経験を振り返れば、あくまでも理想でしかない、というのが現状です」
それなりの生活ができる富があって、騎士の養成学校にも通える。商人であったとしても、かなりの裕福な家だと、前にアランからは聞いていた。実際に領地の隅々まで視察していけば、その言葉は間違いではなかったのも知った。
中心地から離れると、畑を耕す人たちがいるが、住まいは中心にあるものと比べると少々、質素と感じる。十分な食料などは確保できているようだし、貧困にあえいでいる、なんて感じもなかったけれど、どこか格差を感じる姿。
「私たち平民は貴族とは身分が違います。そこにある差というものを、貴族たちはよくわかっている。振る舞いが、それらを証明しているんです。どれだけ強くても、才能があっても、その差が邪魔をするせいで、腐っていく同期もたくさんいました。いくら理想を描き、そのために進んだところで……身分の差というものは全てを壊してしまうのだと、思います」
アランの言いたいことはよくわかる、子爵の領地は彼の人柄もあって成功した特殊な例だろう。これがもっと帝都に近く、また伝統を掲げている貴族のいる領地であれば、姿は違うはずだ。だって、所詮みんな違う人間だから。
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