第20話

あとは若い二人で、とまるでお見合いのような言葉を残して一時退室したお父さまたちは、ニコニコしていて。私の本当の家族のように温かだった。


「ユーニス」


「本当は、こんな形で知らせるつもりではなかったんですが……その。ずっと待たせてしまってすみませんでした」


「いや、いいんだ。聞かせてくれるか?」


「はい……」


二人きりと言ってもアルは同じ場所にいるが、アルはアルでのんびり過ごしていた。そんな静かな空間で、私は自分の思いを溢す。こんな感情も全て隠さないといけないと思っていたけれど、彼だけは隠さなくていいと言ってくれた。彼だけが、私を見つけてくれた。


「嬉しいよ」


きつく抱きしめられて、息が止まりそうだ。でもその苦しさは、私にとって嫌なものじゃない。まるで何かを確認するかのようなそれに、ひどく安心を覚える。


「陛下たちもそろそろ、待ちくたびれているだろう」


「そうですね、きっと首を長くして待っています」


ふふ、と笑みをこぼすと彼も軽く噴き出していて。私たちの周囲を、アルも飛び回っていて、なんだか祝福されているように感じた。


「丸く収まったようで何より。ここからは私が、引き継ぐことになった。イーデンは騎士団に、シリルは研究所へ戻った。父上と母上も対策を考えるらしい。俺はここで出た案を持って二人の対策に追加する役目だな」


「イアン……」


「レイフからそう呼ばれるのは久しいな。学院ぶりか?」


「茶化すな……」


本当に仲のいい関係だったようで、互いの名前を呼び捨てにしあうイアン兄さまとレイフ様。同い年だと言う二人は、帝国内にある帝立学院でもずっと一緒だったと、懐かしそうに兄さまが言った。


「ユーニスは、今回の発表に何か思うこととかはないのか?」


いきなり兄が三人、というか皇帝一家が家族になって自分の皇女になることについて思うことがないわけではない。急に兄と呼ぶのに慣れなくても、無理にでも呼ばないとどこかでボロが出る。そう思って違和感なく呼びなれるように兄さま、お父さま、お母さまと意識をして呼んでいるわけであるが。


「私はまだ、この国の貴族のことをよく知らない。そんな私が言うのも可笑しいかとは思いますが……一般的に自身の利益を優先する者は多くいます。それは貴賤関係なく、あるはずです。だから、このまま私の立場のお披露目と同時に婚約発表をするのであれば、私の背景を利用すればいいと思います」


「利用?」


不思議そうに首をかしげる二人に、私は覚束ない説明ながらも伝えた。実話を脚色して伝えれば、そこまで反発は招かないはずだと。私はリリム王国の辺境伯爵領で育ったが、あまりいいとは言えない環境で育った。それを偶然そちらの方へ魔物の討伐の関係で出向いていた二人に出会う。そしてここに来るに至った経緯を言えば、まあ矛先は変えられるはず。


「なるほど、責任の所在を王国へ投げるわけか」


「はい、王国は十年以上前とはいえ、他国のそれも同盟国から皇女が嫁いできているのに、何もしていない。それは、大きな過失であると私は考えます。通常であれば、少しは気にかけるはずです。何せ、嫁いできているのは他国の皇女なのですから」


同盟国と言えど、アルムテア帝国とリリム王国の関係は仲良しというわけではない。それはリリム王国にいた時から……あの狭い世界にいた時からわかっていた。戦争を起こしたいわけじゃないけど、私の存在を忘れ去り、何もしなかったリリム王国は私がアルムテア帝国にその身を引き取られても文句は言えない。だって、何の支援もしなかったんだから。


「我が妹は、なかなかに賢いようだな」


「母に、たくさんのことを教わりました。その中には少ない情報でも、状況を把握する術が含まれていましたので……私は、教わったことを忘れたくない」


「……ユーニス」


母との記憶は、本当に数少ない。でもその一つひとつは、私の大切なものだ。忘れたくない、一つも取りこぼしたくない。その思い出は、私と母の大切な時間。


「ユーニスの言う通り、王国側へその責任を押し付けると言うのもいい案だ。しかし……国家間の諍いは免れない。それはどうするつもりなんだ」


「何か、国家間でいい材料となる取引があれば、それで代替するのがいいかと。私はリリム王国とアルムテア帝国の間で何か交易などがあるのかは、さすがにわかりません。なので、そのあたりを使うのも手ではあると。あとは……リリム王国内の情勢を考えると……」


伯爵家の屋敷の側からほとんど出たことがないが、遠き思い出の母との外出で、昔の事ではあるけれど一応は領地の景色が残っている。その時に感じた、悲しい気持ちも。


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