第35話
ついに、視察へ出立する日が来た。誰が行くか、という情報が漏れないように、見送りなどは一切してもらわないようにしている。さらに言うと、護衛騎士も一人だけしかつけていないので、二人旅になる。
「ユーニス皇女殿下」
「アラン。今日から、よろしくお願いします」
「はっ!」
皇宮で働く文官の服装に着替え、待っていてくれた護衛のアランとともに出発する。私が十分に戦う力を持っていることと、護衛として選んだ騎士の実力が申し分ないことから、二人だけの視察が認められた。さすがに男女で二人きりはどうなの、という意見もあったが、今回の視察に連れていけるだけの実力者がアランだけだったため、シリル兄さまの魔法道具を身に着けての移動で許可をもらった。
「殿下、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。このまま最初の視察地域へ行きましょう」
「では、少し飛ばします」
アランは平民出身の騎士だけれど、そのことが彼の本来の実力を隠してしまっていた。騎士団では一部の心無い人たちに平民であることを揶揄され、騎士としての訓練も邪魔されていたよう。私は護衛選出の際に、所属する全騎士に総当たり戦で模擬戦を行ってもらった。そこで彼の実力とその他のサポート力などを目にすることができたので、彼を選んだというわけである。
後で知ったことだったけれど、本当に彼は書類作成なんかもできるので視察時に補佐も頼める。護衛対象に不安なども感じさせないし、そっと力を貸してくれる姿はまさしく、騎士。何度か、選出後に護衛をしてもらって相性を見ていたが何の問題もなかった。
「殿下、そろそろ休憩に入ります」
「わかりました」
真面目に訓練に取り組み、着実に努力を重ねたアラン。イーデン兄さまも、彼のことは前から目をかけていたらしく、個人的に指導をしたことがあると言っていた。そんな彼にとっても、初めてであろう大きな仕事も、こちらに緊張を感じさせずに接してくれる。
「お手を」
「ありがとうございます。もうすぐ、着くのですよね?」
「はい、そこまで離れていない距離に、一つ目の視察場所の領地に入る関所があります。そこを通過すればもう領内です」
「緊張、します。この帝国に来てから初めての他領地ですから」
「恐れながら、皇女殿下は他者を見出す、素晴らしい目をお持ちです。きっと此度の視察でも、そのお力を遺憾なく発揮されるでしょう」
「心遣い感謝します、アラン。あなたのおかげで、気持ちが楽になりました」
今回の二人旅のために乗馬もできるようにしたのだが、結局は簡易の馬車移動になった。人目のある場所ではできないが、休憩などで人目のない場所にいた場合は、アランは乗り降りを手伝ってくれる。彼のそう言った、切り替えの上手なところも、私が気に入った一つだ。
「アラン、あれが関所、ですね?」
「はい、殿下」
「では、手筈通りにお願いします」
「はいっ!」
関所を通るときには、私は帝国の第一皇女ではない。身分を隠して、さらには男装し、名前も変えたので、皇宮に勤める文官という設定である。ちなみに、文官と言ってもイアン兄さま付きの文官設定になっているから、下手に扱われることはないはずだ。
「お待ちしておりました。カイ文官殿、アラン殿」
「ぜひ、領内をたくさん見ていってください!」
笑顔がまぶしい関所の騎士二人に見送られながら、無事に通過する。私の身分も上手に作られているようで、疑われるようなことは何もなかった。アラン先導で、領主であるガードナー侯爵家へ向かう。そう、リルのいるガードナー侯爵家が今回の最初の視察地だ。
私のことを皇女だと知っている人物のいる領地へ行くのは、ガードナー侯爵家だけになっている。他の領地は全て、どこかの貴族の遠い分家が統治している領地になるので、私のお披露目のことを知っている人物はいない。
「アラン、行きましょう」
「はい」
隅々まで入ったばかりの領内を見渡し、違和感がないかを確認する。リルからは以前会った際に、領地内の悩みを打ち明けられたことがあったが、そのあたりの対策も十分に取られている。彼女はガードナー侯爵とともに、領地の経営を頑張っているようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます