第12話
「おはようございます、ユーニス様」
「へ……?」
いつの間にやら眠っていた私は、柔らかな日差しとともに起こされた。穏やかに微笑む年配の女性の声もする。寝起きの頭はしばらく働かなかったが、だんだんと昨日のことを思い出し、そういえばここはレイフ様のお屋敷だったことを思い出した。
「さあ、朝食はいかがなさいますか?」
「ちょ、朝食……」
「はい、旦那様より食べやすいものを、とはお聞きしていますが……いくつかありますので」
ベッドの脇にあるサイドテーブルの近く、カートを持った彼女は三つのお皿を見せた。左がクリーム系のリゾット、真ん中がトマト系のリゾット、右が甘いミルクのパン粥、とのこと。自分の食べる食事を選んだことのない私には、どうやって選べばいいのかわからない。
食べたいものを選んでと言われたって、どれも食べたことがないのだから、味も想像がつかない。リゾットは昨日食べさせてもらったから、どんな料理なのかはわかるけど、味が昨日とは違うから味の予想まではできないし。
「あ……え、と……」
どのお皿も美味しそうで、でもどうすればいいのかわからなくて。
「アン」
「おはようございます、旦那様」
「ああ、おはよう。ユーニスには、朝食にパン粥を用意してやってほしい」
「かしこまりました、旦那様」
困り果てていると、いつ来たのかわからなかったがレイフ様が部屋にいて、代わりに選んでくれた。彼はパン粥の入ったお皿を受け取ると、私の側へやってきた。
「おはよう、ユーニス」
「お、おはようございます、レイフ様」
「今日の朝食はパン粥にしよう。このパン粥は、俺のオススメだ」
「ありがとうございます……」
選べない私に、オススメだと言って場を収めてくれたレイフ様。本当に、人をよく見ているお方だ。その優しさが、私は嬉しいと思うと同時に悲しくなる。知って行けば行くほどに、孤独を辛く感じるだろうから。
レイフ様は私の側にもう一膳、朝食を用意していて、一緒に食べようと言う。昨日よりは身体も軽いので、私も今日は自分で身体を起こしている。ベッドで食べることは昨日と一緒だが。
「今日は、何かしたいことはあるか?」
「したい、こと……?」
「ああ、寝ているばかりも面白くないだろう? 身体を動かすのも大切だからな、せっかくなら散歩でもどうかと思ってきたんだ」
「外へ、出てもいいのですか……?」
あまりにも意外な選択肢に、本音が零れた。正直なところ、私は隣国とはいえ他国の人間だし、伯爵令嬢と言ってもそんな扱いはされたことがない。いわば平民と同じような立場の人間だ。もしかしたら何かしでかすかもしれない、と心配にならないのだろうか。
「もちろんだ。この屋敷は帝都にあるが、ウェイン公爵領の屋敷より小さくとも庭がある。温室もあるから、そこを散策しよう」
「楽しみ、です……」
レイフ様の気遣いに、先ほどよりは孤独感が薄れている。このまま身体を動かして元気になれば、きっともうその孤独には負けないだろう。今よりも上手に、その孤独も含めて感情を隠せるようになるはずだ。
「準備をしようか。後で迎えに来る」
「あ、はい!」
朝食も終えたのもあって、彼はすぐに部屋を出ていった。でも今度は一人ではない、朝食の準備をしてくれたアンと呼ばれていた年配の女性が、私の着替えを手伝うと言って部屋にいたから。手際がいい彼女は、いくつかのドレスをラックに用意していて、鏡の前で私とドレスを交互に見ながら選んでいる。
「こちらにいたしましょうか、ユーニス様」
「あ、ありがとうございます」
初めて着るドレスは、柔らかくて。繊細な刺繍が施されているレース部分の袖、たっぷりと上質な布を使用したスカート。ラックにかかっているものすべてに言えるけれど、とても品のあるドレスだ。
「アンさん、その……」
「まあ、ユーニス様。私のことはどうぞ、アンとお気軽にお呼びくださいませ」
「あ、アン」
「はい、ユーニス様」
「これ、は……?」
「こちらは、旦那様よりお預かりいたしました。ぜひ、ユーニス様にと」
「きれい……」
ドレスと一緒に出されたアクセサリーは、たった一つだけ。ネックレス……いやチョーカーのようにも見えるものだが、雫型の宝石が真ん中にある。その宝石は深いブルー、そう、レイフ様の瞳のような色だ。
「よくお似合いです、ユーニス様」
にこやかなアンによって、首に付けられたそれはサイズもいい感じだ。いつ用意したのかがさっぱりだけど、なんだか心がポカポカした。
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