第8話

環境への適応力というのは素晴らしいもので、気が付けば私は眠っていたようだ。ふと目を覚ました時には、すでに夜明けが近かった。昨日は魔力もそれなりに消費していたので、体力と魔力の回復のために長く眠ってしまったらしい。いつもならこんなにも眠ることはないから。


「行かなきゃ」


着まわしているお仕着せの一つに着替える前に、魔法を使って身体を拭うための水を出し。寒い中、布を濡らして冷たい水で身体を拭く。お風呂の代わりくらいにはなれば、と気休め程度ではあるが気持ちが少し上向きになる。


「あ……」


着替える際に、蹴られた場所や踏みつけられた場所が酷く腫れあがって、痣になっているのが見えた。見えないところにある分はまだいいが、手の甲は隠しようがない。でもあの二人はきっと、この怪我についての話をすることはないだろう。この分だと頬も痣になっていそうだけれど、そこはどうしようもないので、彼らのスルースキルに期待する。


そっとドアを開けて、音を立てないように素早く移動する。時間的に使用人も起きていない時間なので、廊下は暗く静かだ。


外へ出るのは玄関からではなく庭から。玄関は非常に音が響きやすいので、庭から出るほうが遠回りではあるが音を立てることなく外に出られる。


「あと少し」


雪が積もって歩きづらいし、履き潰した靴からは雪が解けて染み込み、冷たい。それでも構わず歩き続けて森の小屋を一直線に目指す。


「おはようございます」


小屋周辺に張り巡らせた結界魔法と魔物除けに異常はなく、どうやら誰かがここに来たということはなさそうで安心する。少し乱れた息を整えてから、ドアをノックし声をかけながら入ると、すでに二人は起き上がっていた。


「おはよう、ユーニス」


「おはよう」


「よかった、怪我の具合はもう良さそうですね」


中へ入って二人の怪我の様子を確認したが、大怪我とは思えないほどにあっという間に回復してしまっていた。今すぐにでも出立できるほどの治りようである。


「お二人にはこれを。ただの石ころでできているので……魔力を流して起動すれば、一度きりしか使えません。通常のものと違って、持続時間も短いです。でも、きっと……。きっと、お二人が帰られる間だけでも、役立ってくれるはずです」


着替えた二人に、ポケットから出した巾着袋をそれぞれ渡す。その時に手の甲が見えて恥ずかしくなるが、構わず託した。


「これは……」


「魔法石です。宝石でできているわけではないので、その脆いですが……」


「いいや、ありがとう」


イアン皇太子殿下はお優しい方だ、ただの石でてきた魔法石なのに嬉しそうに受け取ってくれる。ウェイン公爵様も、表情を緩めて受け取ってくれた。


「お二人の旅路が、安全であることを心よりお祈り申し上げます」


一緒にくすねてきていた保存食を持たせ、出立を見送る。ところどころ、豪奢とは言え破れている服を着た二人に比べて、私のお仕着せはそれを上回るボロボロ具合に、恥ずかしいが仕方がない。生きている世界が違う人なのだから。


「ユーニス、君には感謝してもしきれない。この恩は必ず返すよ」


「恩だなんて思わなくてもいいのです。お二人が無事に帰ることが私にとっては重要です。それでも恩だとおっしゃるのなら……怪我無く帰るようにしてください。それが、私への恩返しです」


生意気にもほどがある言葉だが、二人は悲しそうに笑うだけで頷いてはくれない。もう夜明けが近づいている、早くしないと遅くなるのに。


「君は、そういう人だと思った。だから、すまない」


「え……?」


あまり喋らない印象だったウェイン公爵様は、私の前に手をかざした。その動きに一瞬だけ、身体が強ばる。昨日、継母に叩かれた記憶が蘇ってしまって動けない。そうして固まった私に構うことなく、公爵様は何かの魔法をかけた。


「な、に……を……?」


「勝手なことをして、すまない。だが……」


急激に意識が遠のいていくのに抗えない。一体何を、を問おうと言いかけたけれど、それに答えていた公爵様の言葉は最後まで聞こえなかった。


「こんなにも、君を傷つける場所に……置いて行くなどできるはずがないだろう」


「間違いないな、レイフ。後見人は俺がしよう」


「感謝いたします、殿下」


「俺の、恩人でもあるからな」


そんな会話がされていたことももちろん、私は知る由もない。

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