第10話
「い、いただきます」
リゾットは湯気を立ててはいないが、温かくて野菜などの出汁がよく出ている。母を亡くしてから初めて食べたまともな食事だ。
「美味しいです、とても」
一口、二口、と食べ進めるもすぐに満腹になってしまう。今まで満腹になるまで食事はとれなかったから、そんなに多く食べられない。
「君は、二日ほど眠っていた。もっと食べないと」
「え、二日もですか……」
思ったよりも長い間眠っていたのを知り、公爵様の顔を見た。魔力の回復が必要な状態ではなかったはず……と考えてみるも、思い当たるものがない。むしろ公爵様のかけた魔法が強すぎたのでは、という考えしか出てこない。
「医者からは、魔力の回復だろうと言われた」
「あっ……そ、そうなんですね」
手当てをされているし、食事の内容からして医者が私を診察しているのはわかっていたが、まさかそこまで診られていたとは思わなかった。それに自分では把握できていない部分までみていることを鑑みると、さすがお医者様だと思う。
「ユーニス」
「は、はい」
最初に会った時よりは柔らかな表情、穏やかな笑みを浮かべる公爵様の手で世話をされる。甲斐甲斐しく世話を焼くので、なんだか気恥ずかしくてしょうがない。初めはあんなに仏頂面だったのに、なんて思い出せば余計に。
「君が言いたくなったらでいい、いつか君のことを教えてくれると嬉しい」
「……はい、必ず」
深い色の瞳は、私のことを包み込むように見てくれる。本当はとても優しい人なのだと、すぐにわかる。それほどまでに優しさがにじみでた人。
「こ、公爵様。お伺いしたいことがあります」
おそるおそる、食事を終えたタイミングで話しかける。私が連れてこられたのは、きっと彼が言っていた理由以外にもあるはずだ。それを知らないと、私は自分の身の振り方を決められない。
「レイフ、と呼んでくれ」
「は、はい……レイフ、様」
「さて、ユーニス。聞きたいことはわかる、他にもここへ連れてこられた理由があるのではないか、と思っているのだろう」
「あ、えと……はい……」
丸々、心の中を読まれてしまい、そんなに顔に出ていたかな、と心配になった。私はお母さまと感情を上手く隠すと約束しているから、自分の考えていることが読まれては意味がない。
「ないんだ、他に理由なんて」
「へ……?」
「倒れていた殿下や俺を何の見返りもなく、助けてくれた。そして、君は俺たちの無事を祈ってくれた。そんな優しい君が、あんなに劣悪な環境にいることが許せなかった。勝手な行いだとはわかっている、罵られても文句は言えない。それでも、助けたかった」
さっきまで穏やかに笑っていたレイフ様の表情は、今度は苦しそうだ。何かに耐えるような、そんな表情。自分の行いは受け入れてもらえないという悲しみと、受け入れてほしいと願う気持ちがせめぎ合っているようにも見える。
「ユーニス、君を……俺は、守りたいと思った」
「っ」
一直線の思い、それは私の心に深々と突き刺さった。確かな愛情を含んだその思い、さすがに何も含まれていないものだとは思わない。
「偶然、私が見つけた、それだけです。私でなければ、その立場はその人に代わっていたでしょう」
「いや、偶然なんかではない、君だからだ。エインズワース伯爵家は有名なんだ、それこそ隣の国であるアルムテアにまで噂が届くほどには」
「え……有名……?」
絶対ロクでもない噂しかない、絶対悪い意味で有名ということだ。いい意味で有名だなんて、エインズワース伯爵家では無理だろう。
「それは、例えば……ご令嬢の火遊びが激しい、とか?」
「知っていたのか……まあ、それだけではないけど……そういうのも有名だ」
内容が当たったものの全然嬉しくない。そんな醜聞、もはや恥である。私は社交界に出たこともないから、火遊びが激しいのはカミラで間違いない。いや、もしかすると継母もあるかもしれない。あとは、父も差別意識が根強い人だから、何かしらのうわさになっていても可笑しくない。
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