第6話
屋敷へ戻り、与えられている部屋へ早々に引っ込む。誰の目にも触れないようにしていれば、むやみに身体を痛めつけられることはないから。
「……もう、行ってしまうのね」
私の存在は疎まれている。この屋敷に居場所なんてないから、普通に接してくれたイアン皇太子殿下とウェイン公爵様との時間は、自分が思っている以上に贅沢な時間だった。でも、私は忘れなくてはいけない。こんな思い出を抱えて生きていくのは、この先厳しいのは考えなくてもわかる。
「優しい人たちだった」
屋敷の端、倉庫のような場所の隣にある私の部屋。隙間風はすごいし、窓の建付けも悪いから天気が悪いとそこから雨や雪が入ってくることもある。伯爵令嬢として扱われているカミラとは大違いだ。
「……感情はうまく隠しなさい。ええ、わかっています、お母さま。感情を表に出せば、もっと苦しくなる。ちゃんと、私はわかっています」
自分を納得させるように、一人つぶやいていると、突然廊下から激しい足音が聞こえ始めた。この足音は継母とカミラだ。何か粗相が見つかっただろうか、まさか食材をくすねたのがバレてしまったのだろうか、と不安になる。
「このネズミ! 厨房に忍び込んだ挙句、食材を盗むとは何事です!」
ドアをバンッと開け放った継母は、開口一番、そう叫んだ。後ろにいるカミラは嫌な笑みを浮かべていて、あの瞬間をカミラに見られていたのだと察するに難くない。
「申し訳ございません、森の小屋への備蓄がっ」
必要で、と言い切る前に蹴られた。女性にしてはあまりの威力に、床へ倒れこんでしまう。起き上がろうと手をつくと、その手をヒールで踏まれ。
「そんなもの、なぜ必要なの! どうせ、お前が食べるためでしょう! 言い訳は必要ないのよ、この盗人が!」
言えない、保護した人たちがいるなんて。この家はあの二人にとって害悪にしかならないのは目に見えている。きっとエインズワース伯爵家が助けたと恩着せがましく、二人に詰め寄るはずだ。そんなことでいらない苦労をかけたくない。
二人はとても顔立ちが整っているから、カミラの婚約者に、とか言い出しかねない。そんなことになれば余計にややこしくなる。
継母は怒鳴りながら叩いてくるが、これも私をいじめる理由ができて喜んでいるだけ。本当に怒っているわけじゃないのは、経験からわかる。私が惨めな思いをすればするほど喜ぶ、そんな人だもの。
気が済むまでこのままにしよう。感情を表に出さないように、心を閉ざして。
痛覚はそちらへ意識を向けなければ誤魔化せると気づいたのは、いつだったか。そうやって痛いとも言わず、泣かず、無の状態で継母からの暴力を受け流す。全てを閉ざしてしまえば、大丈夫。
「このことは、きっちり当主であるあの人にも報告しておきますからね」
私が何の反応も返さないからか、それとも気が済んだからなのかはわからないが、父である伯爵に報告すると言って出ていく。カミラも継母に続いて出ていったので、ここはもう一人だ。
「……いたくない、いたくない」
思いっきり蹴られたお腹、ぐりぐりとヒールで踏まれた手の甲、ひたすら叩かれた頬。きっと頬は赤くなっているだろうし、手の甲やお腹は明日には痣になっているだろう。ああ、誤魔化せるかな、なんて意識は痛みへ向かないようにする。
「困った、なぁ……」
この部屋に隠しておいた魔法薬は、二人の治療に使ってしまった。自分の手当てに使えるものは、ここには置いていない。
「誰もいないし、いや、でも……誤魔化しがきかなくなる……」
魔法で治療をするか、とも考えたが、継母たちは私が魔法をそこまで使えることは知らない。そもそも、私に魔法の適性があるかどうかさえも知らないはずだ。そんな状態で身体を癒してしまえば、どうして治った、と余計に酷い目に遭うこと間違いなし。
「仕方がないな」
薬は使えない、治癒魔法も使うとよくない、苦肉の策で出したのは、氷魔法で出した氷を頬に当てることだった。
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