第2話

「遅い、相変わらずグズでノロマね」


冷ややかな継母の目に、私はどう映っているのか知らない。でも、いつもその目が気に食わないと叩かれるから、ずいぶんとふてぶてしく映っていると思われる。


「申し訳ございません」


口だけの謝罪をして、継母の機嫌がいい方へ過ぎていくのを待つ。この人に用事を言いつけられなければ、すぐに小屋へ戻る手筈だ。厨房で食事を軽く、くすねてからにはなるけど。


「小汚いネズミだわ。早く部屋を出ていきなさい」


「失礼いたしました」


今日はご機嫌な方だったらしい、特に何かを言われることもなく出て行けと言われたので、さっさと退室する。この家は、前妻の子どもである私には優しくない。使用人にも劣る扱いだ、そんな扱いを家人がしているのなら、使用人だって同じように扱う。


ひそひそと私の姿を見て、使用人たちが陰口を叩くのも慣れた。どこにも居場所がないのも、慣れた。本当は慣れてはいけないとは、わかっている。でも、慣れるしかなかった。


「急がなきゃ」


誰もいないのを見計らって、厨房から食べやすそうな食材をちょっとずつ取る。料理もできるから、できているものでなくても大丈夫なのだ。


隠し持った袋に食材を詰め込み、ついでにあてがわれている自室からも使えそうなものを持っていく。小屋は元々、森番のために建てられたものだから、一人で暮らす分に問題ない程度にはいろいろ揃っている。それに、私の避難先でもあったから、それなりに備蓄もしているということもある。


「あ……! 目が覚めたんですね」


小屋に辿り着き、ドアを開けるとちょうど、身体を起こしている人がいた。その人は周囲をとても警戒していて、私が入ってきたのに気づくと、ものすごく睨まれた。


どこかもわからない場所で寝かされている、となると警戒するのも無理はないので、あえて無害ですよとアピールしながら声をかける。


「ここ、は……」


「ここはリリム王国辺境伯、エインズワース伯爵領です。この小屋は森番のための小屋です」


「そう、か……」


私が女で非力だと思われたのか、幾分か警戒を緩めた黒髪の男性。身なりがとてもいいので、おそらく貴族だろうと考え、端的に事実だけを述べる。貴族であれば、エインズワース伯爵領と言えば、アルムテア帝国との国境に位置する伯爵領だとわかるからだ。


「怪我をして倒れていたところを、私が発見しました。ここは森の中にある小屋ですが、周辺は魔物除けの魔法があるので、襲われる心配はありません。とりあえず、身体を休めてください」


おそらく、私よりも高位貴族であろう。しかし、だからと言って私もここで彼らを放り出すわけにはいかない。黒髪の男性をもう一度寝かせて、毛布を掛ける。


「なま、え、は?」


「あ、申し遅れました。私はユーニス、エインズワース伯爵が長女、ユーニス・エインズワースと申します。どうぞ、ユーニスとお呼びください」


また眠りに落ちていきそうな男性に名前を問われて、一瞬迷ったが正確な名前を伝える。偽名とか家名を言わないとかも考えたが、それもそれで失礼か、と思ったので。


「目が覚めたら、ご飯食べられるかな」


まだ、もう一人の男性、ボルドーの髪の毛の人は目が覚めていない。この方は黒髪の人よりも深手だったから、仕方がないかなとは思う。もしかしたら主従か何かかもしれない。

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