第27話

「待たせたな、二人とも」


「イアン兄さま……」


舞踏会の会場は、今回の訪問者との会談に臨まないイーデン兄さまとシリル兄さまが引き継いだらしい。イアン兄さんが私とレイフ様のいる場所へ戻ってきて、使者を待たせている部屋へ歩き出す。


「大丈夫だ、俺もレイフもいる」


「はい……」


イアン兄さまの先導で部屋へ入り、最後にレイフ様は扉を閉めた。間に挟まれた私に視線が集中しているのがわかる。でも怖気づいてはいけない。これは、戦いなのだから。


「遠路はるばる、ようこそ。急な来訪だったようですが……一体どのような要件でしょう」


イアン兄さまが、言葉の端々から棘を感じる声音で話を始めた。明らかに歓迎されていないとわかるものだ。


「我々は、ユーニス・エインズワースの返還を求める。彼女はエインズワース家の長女だ、その身柄はリリム王国に帰属する」


使者の言葉も、なかなかに棘が満載で、その内容に両隣にいるイアン兄さまとレイフ様が怒ったのを感じ取る。静かな怒りに、使者たちは気づいていないようで、自分たちは悪くないという印象さえも感じる。


「ユーニス・エインズワース……だと? ユーニスは我がアルムテア帝国唯一の皇女、戯言はそのあたりにしてもらおうか。そちらが、私の可愛い妹にしでかしたことを、忘れたとは言わせない。もちろん、従祖母のエルシー様……ユーニスの母の彼女にも何の支援もしなかったな。さあ、どの口がユーニスのことを語る?」


「イアン殿下……」


「なんだ、レイフ」


「すでにユーニスは、リリム王国では死亡届が出されているそうですが……果たして本当に彼女はエインズワース家に戻れるのですか?」


怒り心頭な二人による追撃。レイフ様は今思い出した、と言わんばかりの口調で、私の戸籍がリリム王国に存在していないことを話す。


「兄さま、レイフ様」


「可愛い妹、ユーニス。どうした?」


あまりにも厳しい問いかけに黙りこくった使者。私は助け船を出すつもりはないけれど、この場を収めるために口を開いた。イアン兄さまは、私の意図を把握したようで、言葉を言いやすいようにこちらに流れを持ってきてくれる。


「私は、たしかにエインズワース辺境伯家の長女です。いいえ、でした、ですね。その意味が、わからないわけではないでしょう」


「まだリリム王国には戸籍が残っている」


「……まだ、わからないのですか?」


「は……?」


立場を理解していない使者に怒りを通り越して呆れるが、この程度は私もあしらえなければ、皇女として立っていけない。常に守られている生活など、無に等しいのだから。


「ここはアルムテア帝国。私がエインズワース家より死んだと届けが出されたのは事実。私の母のことも蔑ろにしたのも事実。全ての情報は帝国皇室に知られているのです。王国がしたことを考えれば……あなたは、立場的に下なのですよ、王太子殿」


使者は数名いるが、一人しか席に座っていない。そのことが指すのは、座っている者の立場が同行している使者よりも高いということ。ここまで言われたことはないのだろう、顔を真っ赤にして怒って出て行ってしまった。


「貴殿らはどうする」


王太子を追いかけて出ていったのは、おそらく護衛。残ったのは二人いるが、この二人は話ができると踏んだ兄さまが問いかける。


「お話したいことが、あるのでしょう?」


私は、残った二人がレジスタンスメンバーであると、なぜか確信を持って言えた。だから、努めて柔らかい声で話を促す。レイフ様も兄さまも怒っているから、雰囲気が重いのもあるし。


「ユーニス様……」


「わかっています、目的は。もちろん、兄さまもレイフ様も知っていますから、ゆっくりで大丈夫ですよ」


こちらを不安そうに見やる二人に、安心させるように言葉を続ける。不機嫌そうな顔をしていた兄さまだったが、私の言葉を聞いていつものニコニコ笑顔に戻っていた。レイフ様は険しい表情のままではあるが、先ほどよりも穏やかなほうだ。


「わ、私たちは……反逆者、です。ですが、もう……国として機能していない我が国は、他国に攻められれば落ちる。それに、国民たちは疲弊しています。もし戦争にでもなれば、戦えない……こんなことを言う立場ではありませんが……どうか、我が国を滅ぼしてください」


自らを反逆者、と呼称した。その強い覚悟の裏に、どれほどの犠牲を積み重ねたのか。王国でその活動が知られれば、一族郎党、始末される。特に、あの王太子を見ればわかるが、王も愚かだ。自分のことしか考えていないのだから、彼らの活動は決して知られてはいけない。


「私は、無益な戦争は起こしたくありません。先に被害が出るのはいつも力なき者たちですから。だから……内側から、壊してしまいましょう」


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