第37話

「ようこそガードナー侯爵領へ。お待ち申し上げておりました、皇女殿下」


「歓待、感謝いたします。ガードナー侯爵、それに、リルも」


「ユーニス様、お久しぶりでございます」


仲がいい夫妻の出迎えのおかげで、旅の緊張が少しほぐれる。最初、私の姿を見た時に二人とも驚いてはいたが、さすが古くから帝国を支えている貴族。驚きをすぐに隠して私に接してくれた。もちろん、最初に皇女ではない扱いの挨拶もしてくれている。


「こちらへ」


ガードナー侯爵夫妻は私がここに来た意味を正確に理解しているので、さっそく私を執務室へ案内、今までの書類などを用意してくれていた。仕事が早い、と皇宮の外の宮でも評判だったが、噂に違わぬもののようだ。


「では、さっそく。確認させていただきます」


「はい」


リルも侯爵と一緒に私の評定を聞くようで、部屋で待機している。貴族の女性がともに評定を聞くのは珍しいパターンだな、なんて片隅で思いながら書類を確認していく。侍女として働いたり、少ないながら騎士や文官、外交官としても働く女性はいる。しかし、すでに結婚しどこぞのご婦人という立場にいる女性は、こういった場合では席を外していることが多い、とイアン兄さまには聞いていた。


「……」


紙をめくる音が静かな室内に響く。書類をきっちりと確認すると、お金の動きも問題ないし、非常にクリーンな経営がされていることはこの仔細に記された書類でも証明がされた。エインズワース伯爵家の領地なんて、視察したら一発でアウト判定待ったなしだな、と書類を見ると思い出す。


「ここへ来る途中、街を回りました。非常に良い街ですね」


飢えに苦しみ、冬は寒さに苦しみ、訴えても取り立てばかりが増える。お金のある者たちは他所の領地へ移り、ない者は我慢を強いられる。それどころかさらに搾取されるばかりで、生きていくので精いっぱい。何もできなかった自分が言うのもいけないけれど、現状を把握できない領主はいらない。


皇女お披露目としてパーティーがあった日にも、レジスタンスメンバーの人間がいた。彼らは悲しそうな顔で、自分たちの大切な人たちを守るために戦うのだと言っていたのをよく覚えている。上に立つ領主や国の王は、下々の自分たちを守ってはくれないから、と。


疲弊しきった姿はまさに、あの国の内情を示していて、何もできなかったからこそ、せめて力は貸したいと思った。あの場所で私にできることなんて何一つなかった。無力な己を恨むだけだった私に、新しい世界ができた。


それを使って罪のない人々を助けることくらいは、許されると思いたい。内政干渉だ、とか騒がれようとも、その内側で国民たちが頑張っているのであれば。


「話も少しだけ聞きましたが、みんな笑っていました。まずは、私はそれが嬉しいです」


街に住まう人々の顔は、普通の笑顔。その普通を得るのがどれほど大変なのかを、私は知っているから、この領地がきちんと運営されていることがわかる。ここはいい場所だ。


「お褒めいただき光栄です。しかし……少し迷っていることがあります」


侯爵、リルの二人と、先日聞いたことではない、別の悩んでいることへの解決策を話し合い、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませる。こうして悩んでいる姿さえも、エインズワース伯爵家では見られなかったものだから、いかにあの家が腐り落ちていたことか。


「此度は急な訪問の受け入れ、感謝します。今後もここに住まう人々の幸福と、さらなる領地の繁栄を期待しています」


ガードナー侯爵家の執事長が呼びに来るまで、私たちは熱い議論を交わし、夕食後はリルと少しだけプライベートな交流。翌朝には出立だったので、ものすごい早い移動となったが、この領地は大丈夫だと思う。彼らがきちんと継承していけば、きっと。


「もったいなきお言葉にございます。皇女殿下におかれましても、どうか無事に視察を終えられますよう、お祈り申し上げます」


「ええ、ありがとうございます。それでは、また」


また変装し直し、出立間際。朝食も軽く済ませ、アランの準備している馬車に乗る。たった一日の滞在だったが、問題ないほどのクリーンさ。もはや何もやることがなかった、と言っても過言ではない。


このまま次もそうであれば、と思うけれどさすがにそうはいかないので、気を引き締める必要がある。みんなが普通の幸せを得られる世界は、本当は難しい。表向きを装ったとしても、裏で不満があればそれは隠し通すことはできない。


その場で誤魔化せても、後で結局出てくる。それさえもなかったということは、彼らの領地は普通に、適切に運営されいるのだ。


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